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【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~  作者: 青空顎門
第二章 魔王誕生・復活

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第七話 正体 ③ヒーローの条件

 特オタ、前回の三つの出来事!

 一つ。アイリス、イクティナ、プルトナと喫茶店で歓談する!

 二つ。イクティナの実家の事情を聞く!

 三つ。ドクター・ワイルドの急襲によりアイリス達三人が超越人(イヴォルヴァー)に囚われてしまう!

「貴方がドクター・ワイルドですわね! 魔星(サタナステリ)王国の王女たるワタクシに対するこのような無礼な仕打ち。断じて許しませんわよ!!」


 超越人(イヴォルヴァー)の触手に絡め取られたままにもかかわらず、激しく暴れながらプルトナが叫ぶ。

 捕らえられて尚その勢いは尊敬するが、無駄に敵を刺激しないで貰いたいところだ。


『ふん。烏賊人(スクイドロープ)に囚われながら元気なものだ。だが、許さなければどうするというのだ?』

「決まっていますわ! こんなもの、こうしてっ!!」


 彼女は怒りの形相と共に、己を拘束する触手を無理矢理に引き千切らんと全身に力を込めたようだった。同時に闇属性の魔力が高まりを見せる。しかし――。


「ぐ、く、ビクとも、しない、ですわ」

『当然であろう。もはや単なるダブルS如きに、我らが闘争(ゲーム)に参加する資格などないわ!』


 嘲笑うドクター・ワイルドの言葉に合わせて触手が軋みを上げて蠢く。


「く、あ、あああっ」


 拘束がさらに強まったらしく、プルトナが苦悶の声を上げた。


「っ! プルトナさ――あ、あああ、ぐ」


 友人の呻きに反応して声を上げようとしたイクティナも、ドクター・ワイルドへの鋭い敵意を視線に乗せていたアイリスも、他の七名もまた締め上げられて表情を歪めていた。


(くそっ)


 その光景を前に、内心で悪態をつく。

 だが、烏賊人(スクイドロープ)と呼ばれた超越人(イヴォルヴァー)が彼女らを己の周囲に正に盾の如く配置しているがために、雄也は何も行動を起こせずにいた。


『小娘共。貴様らはオルタネイトに会いたかったのであろう? であれば、もっと大きく、より激しく苦痛の声を上げるがよい。さすれば奴に届くはずである。なああぁ?』

「ドクター・ワイルドッ……!!」


 この上なく嫌悪をかき立てる間延びした呼びかけに対し、雄也は拳を握り締めながらドクター・ワイルドの虚像を厳しく睨みつけた。

 その際どいやり取りを前に、しかし、イクティナとプルトナは含意に気づかぬまま雄也の存在だけを認識し直したように目を見開いた。


「ユ、ユウヤ、逃げ、く、ぐう」

「ユウヤ……さん……だけでも」


 囚われの身でありながら、他人の心配をする二人。

 対照的に、苦しみながらも信頼の色を湛えた瞳をこちらに向けるアイリス。

 そんな彼女達の姿に胸が締めつけられる。どうにかしなければと焦りが募る。

 しかし、状況が状況だ。ただ単に変身して力任せに戦えばいい場面ではない。


(なら、どうする? ……どうすれば――)


 焦燥感から思考が空転してしまう。


『さあて、今日の闘争(ゲーム)のルールを説明しようではないか』


 ドクター・ワイルドが大仰に両手を広げながら告げる。それを合図とするように新たな魔力の気配が漂い始めた。〈テレポート〉の兆候だ。

 ハッとして視線を向けると、そこにさらに新たな異形が出現する。

 完全二足歩行の蜥蜴。ファンタジーにおけるいわゆるリザードマンの如き姿。

 彼は人格を失った理性なき空虚な瞳でどこかを見ながら、蜥蜴のように二股に分かれた舌を出し入れしている。元になった人には申し訳ないが、余りに不気味で恐ろしい。


「「っ!! ユウヤ」さん!」


 イクティナとプルトナの言葉が重なる。

 触手に捕らえられた彼女達を除けば、この広場に残るのは既に雄也のみ。

 二人が新たに現れた超越人(イヴォルヴァー)の標的を誰と考えたかは想像に容易い。

 そんな彼女達の純粋な感情が痛い。

 本来、現状の彼女達よりも心配されるべき存在などいるはずがないのだから。


『ふ、貴様らの憂慮。吾輩達から見れば滑稽であるな』


 雄也の心を読んだかのようにドクター・ワイルドが口の端を吊り上げる。

 そんな彼の言動にイクティナ達は苦しみよりも怒りで表情を歪めた。しかし――。


『なあぁ、オルタネイトよ』

「……え?」「い、一体、何を……言って」


 狂気を孕んだ瞳を雄也に向けながら簡潔に続けたドクター・ワイルドの言葉に、二人は困惑を声色に乗せる。彼の動作と言葉の関連を理解しつつも処理し切れていない感じだ。


(ここで二人にばらすつもりか)


 そういうつもりであれば是非もない。覚悟を決める。

 未だ方策は思いつかないが、どう対応するにしても素の状態のままでいるより変身しておいた方が遥かにマシなのは確かなのだから。


「……アサルトオン」

《Change Therionthrope》


 雄也の声に従って電子音が鳴り、同時に一瞬だけ狼の如き特徴を持つ姿を露出する。直後、琥珀色の装甲が雄也の全身を包み込んだ。

 敵の情報が全く足りていないので、最もバランスのいい獣人(テリオントロープ)形態だ。


「うそ……」「ユウヤが、オルタネイト……?」


 その光景を前にして呆然と呟く二人。

 そんな彼女達のことは一先ず黙殺し、雄也はドクター・ワイルドを見据えた。

 正体を明かしたことで生じる問題は全て後回しだ。このせいで後々苦しめられることになったとしても、それはこの場を切り抜けてこその面倒ごとなのだから。


「さっさとルールとやらを説明しろ! ドクター・ワイルド!」

『おお。そうであったな』


 虚像にもかかわらず、彼は音を伴って指を鳴らした。

 それと同時に、出現して以来、虚ろな様子で佇むばかりだった蜥蜴のような超越人(イヴォルヴァー)がゆらりと近づいてくる。しかし、攻撃の兆候は見られない。


超越人(イヴォルヴァー)蜥蜴人(リザードロープ)と戦うのである。ただし、一回攻撃する度に烏賊人(スクイドロープ)が捕らえし者の内から一人殺す。《Convergence》も一回毎に同様の処置を行うのである』

「く……相変わらず人の命を道具のように!」

『ああ、心配せずともよい。貴様の大事なガールフレンド達は最後に残しておいてやるのである。吾輩は慈悲深い故にな』


 その言葉に無意識に「七回まで」と計算してしまう。


(ああ、くそっ! 馬鹿か俺は!)


 冷たい考えが頭を過ぎったことを恥じながら頭の中で吐き捨てる。


(全く、気遣い痛み入るよ! 反吐が出る程だ!)


 命の天秤。確かに赤の他人とアイリス達では主観的な価値は全く違う。

 元々雄也は「命を平等だ」などとは口が裂けても言えない平凡で俗な人間だ。だが、だからと言って他の七人を見捨てていいとは決して思わない。思わないのだが――。


烏賊人(スクイドロープ)を一撃で撃破するのは実質不可能。それだけの破壊力。どうあってもアイリス達を巻き込んでしまう。そもそも、この場で《Convergence》を使うこと自体が既にアウトだ。これは…………詰んでる、な)


『最小限の犠牲を以って最大限の効果を。足手纏いを切る覚悟がなければ、更なる高みへは至れん。そろそろ貴様もそうした強さを得るべきであろうよ』

「……余計なお世話だ!」

『ふ。それができないのであれば、貴様も人質も諸共に死ぬだけである。蜥蜴人(リザードロープ)!』

「ガアアアアアアアッ!!」


 ドクター・ワイルドの呼び声に答えるように吼えた蜥蜴人(リザードロープ)。彼は次の瞬間、その両手に一本ずつ琥珀色の曲刀を生み出して襲いかかってきた。


「くっ」

《Twinshield Assault》


 それを前に雄也は両手に盾を作り出して待ち受けた。


(とにかく、時間を稼ぐしかない。策が思いつくまでは――)


 しかし、当然ながら悠長に考えている間などあるはずもなく、接近してきた蜥蜴人(リザードロープ)が歪で巨大な曲刀を袈裟がけに振り下ろしてくる。

 対する雄也は獣人(テリオントロープ)形態の優れた感覚に従い、斬撃に盾を斜めに当てて受け流した。


「グガアアアアアアッ!!」


 その一撃は小手調べに過ぎないと言わんばかりの激しい咆哮を乗せて、もう一方の曲刀の刃が線対称の軌道で襲いかかってくる。

 当然、雄也もまたもう一枚の盾を使い、直前の攻防と同様に受け流した。それによって蜥蜴人(リザードロープ)は完全に体勢を崩し、隙を晒す。


(隙だらけ……なのに)


 こちらは最小の動きで回避したため、反撃の態勢は整っている。だが、攻撃することはできない。それは人質の死を意味するのだから。

 だから、雄也は後退して敵の間合いから脱した。

 そうしながら横目で烏賊人(スクイドロープ)を盗み見る。


(十人もの人間を周囲に配置してるせいで、奴と人質とは一メートル強は離れてる。触手を断つだけのスペースはあるけど――)


『ふん。時間稼ぎでもするつもりであるか? 烏賊人(スクイドロープ)!』

「あ、う、うくっ」「ぐ、こ……の」


 思考を遮ったドクター・ワイルドの嘲るような声を合図とするように、烏賊人(スクイドロープ)の触手がさらにアイリス達を締めつける。イクティナとプルトナの苦悶の声が耳に届く。


「貴様っ……!」

『果たして体力が持つかな? フゥウーハハハハハッ!!』


 忌々しさと共に拳を握り締めながら、それを必死に抑え込んで烏賊人(スクイドロープ)の様子を観察する。


『おおっと、余所見をしていていいのであるか?』


 そこへ再び蜥蜴人(リザードロープ)が襲いかかってくる。が、その攻撃自体はそこまで脅威ではない。

 曲刀の刃を盾でいなしながら、彼への対処よりも優先して人質救出の手段を考える。


蜥蜴人(リザードロープ)を抑えながら、烏賊人(スクイドロープ)を一撃で倒す。それだけの力を作り出しながら、人質に危害を加えさせない方法……)


 未だ乏しい戦闘経験をオタク知識で補って、策を絞り出そうとする。


(攻撃方法……攻撃位置………死角)


『さあ、オルタネイト! 時間がないぞ! 覚悟を決めて犠牲を選択せよ!!』

「ふざけるな! そんなもの、覚悟じゃない!」

『そうかな? この状況でそのような意見を抜かすのは、単なる現実逃避ではないか?』


 確かに結果として誰も救えなければ、何の意味も価値もない。


(それでも、俺は……くっ、こうなったら)


 それこそ覚悟を決めて、雄也は蜥蜴人(リザードロープ)の攻撃に対して盾を前方に構えた。

 そして、斬撃を真正面から受け止め――。


「ぐあああっ!!」


 悲鳴染みた声を上げながら、全力で地面を蹴って後方へと飛ぶ。そして、とある店舗の入口をつき破ったところで空中で体勢を立て直し、地面を渾身の力で殴りつけた。


「〈ダスト〉」


 その衝撃音に紛れて魔法を発動させ、過剰に土埃を舞い上げる。

 そうして雄也はそのまま店舗の裏口から外に出て裏路地を駆け抜けていった。


    ***


 超越人(イヴォルヴァー)烏賊人(スクイドロープ)の触手による束縛に苦しみを抱きながらも、イクティナの脳裏を渦巻くのは今しがた目の当たりにした余りに衝撃的な光景だった。

 伝説に聞く真獣人(ハイテリオントロープ)の如く変質した姿。その体を覆った見覚えのある装甲。

 あの日イクティナの命を救ってくれた存在。即ちオルタネイト。


(ユウヤさんが……オルタネイト)


 思えば彼はオルタネイトの話題が出る度に気まずそうにしていた気がする。

 強者に対する一種の引け目だと思っていたが、こういうことだったとは思わなかった。


「あ、う、うくっ」


 愕然としていると突然圧迫が強まり、イクティナは無意識に呻き声を上げた。強制的に意識を外に向けさせられる。

 別の超越人(イヴォルヴァー)蜥蜴人(リザードロープ)と戦う彼の姿が目に映る。

 ユウヤは両手に盾を作り出し、敵の曲刀をあしらい続けているようだった。曖昧な表現になってしまっているのは、生命力の低いイクティナの目で追える領域ではないからだ。


(やっぱり、本物……)


 この強さ。間違いない。

 しかし今、彼は防戦一方に追い込まれていた。イクティナ達という人質があるが故に。


(私達が、邪魔に)


 唇を噛む。オルタネイトと肩を並べたくて特訓を始めたのに、結局こうして足手纏いにしかならない自分に怒りを覚えて。その余り、目が潤んで視界が揺らぐ。

 と、次の瞬間、ユウヤは蜥蜴人(リザードロープ)の攻撃を正面から食らって弾き飛ばされてしまった。


(ユウヤさん!?)


 思わず身を乗り出そうとして、しかし、拘束されて動けない。

 直後、彼が受けた攻撃の威力を物語るように、雑貨屋から恐ろしい衝撃音が響いてきた。

 土煙が舞い、店舗の外観が見えにくくなる。

 色々と複雑な感情はあるが、何よりも第一に友人として彼の安否が心配だ。


蜥蜴人(リザードロープ)如きの攻撃をまともに食らうなど、情けない。実に情けないのである』


 馬鹿にしたようなドクター・ワイルドの言葉に、イクティナは唇を噛んで拘束の苦しみに耐えながら彼を睨みつけた。が、これは当然のように黙殺されてしまう。


『む? いや、これは……成程そういうことであるか』


 イクティナの厳しい視線を柳に風と受け流しつつ、ドクター・ワイルドが納得したように、同時に詰まらなそうに嗤った。

 続く言葉をイクティナ達にしっかり聞かせようとしてか、烏賊人(スクイドロープ)の拘束が僅かに緩む。


『どうやらオルタネイトは貴様らを見捨てて逃げたようであるな』

「…………え?」


 耳に届いた言葉が理解できず、思わず問うような声を上げてしまう。


『ヒーローにあるまじき所業。最悪の選択であるな。……処分もやむなしか』


 最後の部分だけ狂人らしさの抜けた口調で告げたドクター・ワイルド。

 そこでようやく緩々と彼の言動の意味が脳に染み込んでくる。


「そ、んな」


 信じられない。

 あの日、力量差を省みずドクター・ワイルドに挑んだ姿は嘘だったとでも言うのか。

 だが、彼の言葉を証明するように土埃が晴れて尚、ユウヤは姿を現さない。

 それでも。友人としての彼。オルタネイトとしての彼。己の知る彼を信じたい。


(信じたい、のに……)


 正体を隠されていた事実がしこりとなって信じ切れない。

 そんな半端な自分に嫌気が差して視線を逸らす。

 すると、心配げにこちらを見るプルトナと目が合った。


「イーナ。落ち着きなさいな。敵の言うことに耳を傾ける必要はありませんわ」

「で、です、けど……」

「アイリスを見なさいな」


 その言葉にハッとしてアイリスに顔を向ける。

 彼女は何かを待つように静かに目を閉じていた。


「あの子がオルタネイト探しに積極的でなかったのは、既に正体を知っていたからだったのでしょう。そのアイリスが信じているのです。ワタクシ達も信じましょう」


 きっと誰よりもユウヤの傍にいて、誰よりもユウヤを知っているのはアイリスだ。

 そんな彼女の判断の方が、イクティナの判断よりも正しいのは間違いない。だが――。


(本当なら……私がアイリスさんの立場にないといけないのに)


 別の意味で引け目を感じる。

 そもそもユウヤを異世界に召喚してしまったのは自分だ。

 恐らく、彼がオルタネイトとなった理由も、もとを正せばそこに帰結するのだろう。

 にもかかわらず、その責任を何一つ取ることもできず、挙句の果てに信じる信じないで迷うなど不義理にも程がある。

 彼が何を選択しようとも結果は甘んじて受け入れるべきだ。……贖罪として。


『発言は許していないぞ。小娘共が!』

「あ、く、あああっ」「う、く……」


 緩められていた触手の束縛が再び強まり、無意識に口から苦しみの声が漏れる。

 プルトナもまた表情を歪めるが、王女としての矜持によってか呻き声を上げないように耐えているようだった。


『オルタネイトを処分する前に、まず貴様らを殺してやろう』


 さらに締めつけがきつくなり、体の内側から骨が軋む音が伝わってくる。


『精々大きな悲鳴を上げてくれよ? 逃げ出した臆病者が後悔するぐらいになあっ!!』


 狂った笑みを浮かべるドクター・ワイルドに、イクティナはせめてもの反抗をと潤む目と口を固く閉じた。その刹那――。


「せいやあああああっ!!」


 そんな叫びが耳に届き、同時に体が浮遊感に包まれた。


    ***


《Change Anthrope》《Sword Assault》


 逃亡を装いながら魔力を蓄積し、呼び寄せたアサルトレイダーの背に乗って広場の遥か上空に至ったところで全ての準備が整った。


《Maximize Potential》

「〈四重(カルテット)強襲(アサルト)強化(ブースト)〉!!」


 全力の身体強化をかけて魔動騎馬から飛び降りる。


「アサルトレイダー! お前は蜥蜴人(リザードロープ)を抑えろ!」


 そう指示を出しながら、雄也は真っ直ぐに烏賊人(スクイドロープ)を見据えながら急降下した。

 周囲に配置された人質、人間の盾に妨げられずに敵を攻撃するにはこれしかない。

 たとえ異形となろうとも各器官が人間と同じ配置ならば、直上は死角。

 その上、雄也の出せる最高速度での接近だ。

 単なる超越人(イヴォルヴァー)ならば察知できた時には既に遅い。


「せいやあああああっ!!」


 そして雄也は、烏賊人(スクイドロープ)と人質達の間に降り立つと、全ての触手を切り裂いた。

 触手の拘束を失い、それでも尚体勢を保っていたのはアイリスだけだった。結果、プルトナとイクティナは彼女に受け止められ、残る男女は地面に倒れ込むこととなる。


《Gauntlet Assault》

「うおりゃあああっ!」


 その中で剣をミトンガントレットに変じ、雄也は装甲に覆われた右の拳を敵に叩き込んだ。

四重(カルテット)強襲(アサルト)強化(ブースト)〉状態での一撃は烏賊人(スクイドロープ)を浮かし、その時点で絶命に至らしめる。

 しかし、この場で爆散されては、折角解放した人質に被害が出かねない。

 そこで雄也は、既に光の明滅を始めながら僅かな時の合間を滞空する烏賊人(スクイドロープ)を左の殴打で追撃し、水平に弾き飛ばした。

 アイリス達とは逆の方向を狙ったため、何に妨げられることなく空中を滑るように飛んでいく。

 やがて、烏賊人(スクイドロープ)は身体維持の限界を超え、周りに被害を与えることなく爆散したのだった。


《Change Therionthrope》


 ほぼ同時に時間切れにより、獣人(テリオントロープ)形態に戻る。

 雄也は即座に蜥蜴人(リザードロープ)へと体を向け、油断なく構えを取った。

 当の蜥蜴人(リザードロープ)は、アサルトレイダーの強烈な体当たりを受けて遠くの地面に倒れ伏している。が、すぐに起き上がってくるはずだ。


『あくまでも全員を助けるか』


 呆れたように、しかし、どこか楽しげに問うドクター・ワイルドに視線だけを移す。


「可能性があるなら諦めない。それがヒーローってもんだろ」

『フゥウーハハハハハッ!! 然り然り。されど、物語ならぬ現実でそれをなすのは狂気の沙汰であるぞ。一歩間違えれば結末がどうなるか。分からぬ貴様ではあるまい?』

「そうしなければ後悔し続ける。理由はそれだけで十分だ」

『それで勝利し続けられれば正に物語のヒーローであるな。だが、相応の力が必須だぞ?』


 ドクター・ワイルドはそう告げると、虚像ながら指をパチンと鳴らした。


「ギャアアアアアアアアアアッ!!」


 瞬間、蜥蜴人(リザードロープ)が悲鳴を上げ、その体が歪んでいく。

 過剰進化(オーバーイヴォルヴ)。限界を超えた進化により、人の形を大きく逸脱していく。


『どこまで妥協せずに突き進むことができるか、楽しみにしておくとしよう。では、さらばである! フゥウーハハハハハッ!!』


 そうして、地を駆ける竜の如き姿と成り果てた蜥蜴人(リザードロープ)と哄笑の反響を残し、ドクター・ワイルドは姿を消したのだった。

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