第四十七話 反動 ③折り合い
特オタ、前回の三つの出来事!
一つ。自滅を厭わず己が出すことのできる最大の力を以って、アレスが挑みかかってくる!
二つ。魔力収束した一撃をあしらい、過剰進化を解除させたことでアレスが敗北を認める!
三つ。戦いの目的を問うた雄也に、アレスの代わりに答えるためにランドから通信が入る!
「ラ、ランドさん?」
どこからともなく聞こえてきた声。
魔力の断絶の内部であるため、恐らく電波をも利用した魔動器の通信機器から届いたものだろうそれを前に、雄也は彼の名を口にしながら周囲を軽く探った。
すると、少し離れた空に戦いを撮影していたと思しきカメラ状の魔動器が浮かんでいるのが見えた。他に魔動器らしきものは見当たらない。
恐らく、それに通信できる機能も付属しているのだろう。
「一体どういうことですか?」
目線をその魔動器に固定し、そこに向けて強めに問いかける。
「それはアタシも知りたいね」
と、そこへ聞き慣れた声の同調する言葉と複数の人影が降ってきた。
声の主はフォーティア。他の影はアイリス達だ。全員揃っている。
位置を特定して追いかけてきたらしい。
地中に張り巡らされたアテウスの塔を利用したのだろう。
雄也そのものを察知できなくとも、魔力の断絶が発生している場所ならば把握できる。
「じーちゃん」
更に、フォーティアもまた空に浮かぶ魔動器を睨みつけるようにして問い質す。
孫ながら、祖父にかけるものとは思えない険のある声色だ。
タイミング的に、先程までの戦闘を最後の辺りだけ見て状況を判断したのかもしれない。
実際のところは雄也自身がホイホイついていった訳だが、詳しい事情を知らない彼女からすれば、形としては分断されて各個撃破を狙われたようなもの。
そこに祖父たるランドが関わっているような様子が見られるとなれば、裏切りと捉えても不思議ではない。雄也に小さくない好意があるだけに特に。
一応、アレスの話では彼は味方寄りなのだが。
「じーちゃん!」
その辺りを説明する前では憤るのも仕方のないことだろう。
声を荒げるのに呼応するように、フォーティアの生命力と魔力の気配が高まる。
彼女の雰囲気に空気が重くなり、慌てて雄也は一先ず分かっていることだけでも説明しておこうと口を開いたが――。
「お父様!」
そんな事情など全く何もかもどうでもいいと言うように、ツナギが駆けてきてタックルするように抱き着いてきた。
自然と逆側にアイリスが音もなく位置取り、周囲をプルトナやイクティナ、メルクリアが固める。更にはラディアも「やれやれ」と言いながらもそれに加わる。
守りの配置のつもりもあるのかもしれないが、今一シリアスさが足りない。
そんな皆の様子に、一気に緊迫感が薄れてしまうが……。
「んんっ!」
フォーティアは咳払いをして少し空気を引き締めた。
呆れて感情の昂りは霧散してしまった様子だが。
「で、じーちゃん。これはどーいうことさ」
『一から説明するから、お前は少し黙っておれ』
ランドはそんな孫に対して若干面倒そうに言うと、この場に集まってきたフォーティア達全員に雄也がアレスから聞いた部分の情報について一通り伝えた。
アレスと同じように微妙に肝心の部分は濁したまま。
当然、それだけでは不十分なので――。
「それで、結局目的は何なのさ」
振り出しの問いを今度はフォーティアが口にする。
『お前達が現在の儂らの手に負える存在ではないことを証明するためだ』
「今更そんなことを?」
ランドの答えに首を傾げるフォーティア。
自惚れる訳ではないが、雄也達が把握している自身のスペックを基に比較すれば、彼女の言う通り今更な話のような気がしてしまうが……。
(よくよく考えると、お偉方は俺達がどれだけ強くなったのか正確には分からないよな)
基本伝聞だし、アレスやオヤングレンでさえ雄也達の全力を見たことはない。
見た感じ大分強くなった、という曖昧な評価が精々だろう。
それでは実感が伴わない。
一つの比較対象たるドクター・ワイルドにしても、その真の力を知る者はいない訳だし。
アテウスの塔と一体化した彼の最終形態に至っては、実際に体験したのは雄也一人だ。
情報が余りにも不十分過ぎて、当人以外に雄也達の強さを正確に把握している者は存在しないと見て間違いない。
改良型MPリングによってアレスやオヤングレンと言ったトップクラスの人間が更に強化された今、やろうと思えば排除も可能だと楽観視してしまうのも無理もない。
『お前達を除けば、アレスは最上位の強さを持つと言っていい。それが自滅の恐れがある過剰進化までしたにもかかわらず、ああも余裕を持ってあしらわれたのだ。もはや、下手に手出しをしようとは思わんだろうよ』
たとえアレス程の力を持つ人間が何人もいたとして、その全員を雄也にぶつけられたとしても。あの不安定な過剰進化前提では話にならない。
それこそ世界的にキナ臭くなっている中、最高戦力のほとんどを犠牲にしかねないリスキーな方法で雄也達を討つメリットは余りにも少ない。
『故に……女神アリュシーダ任せにする、ということで相談役の意見は纏まった』
ランドは一呼吸置いてから、そうした諸々を鑑みて得られた結論を告げる。
「つまり、女神にアタシ達を倒して貰おうってことかい?」
対して、ザックリと要約しながら呆れたように確認するフォーティア。
有り体に言えば、そういうことだろう。
ランドもまた『その通りだ』と肯定する。
他力本願な、とも思うが、願いをかける先は曲がりなりにも神様。
そう考えると割と普通の話かもしれない。
神に討伐を願われるなど魔王にでもなった気分だが。
「……それが叶ったらどうなるのか、分かった上でのことなんですか?」
アレスの話からある程度答えは分かっているが、改めて問う。
雄也達が女神アリュシーダに敗北すれば。
人々から進化の因子が完全に失われ、人格を歪まされる。
結果、恐らく数世代後には、全ての人間が女神アリュシーダの定める秩序に則った存在へと矯正させられ、社会は進化も発展も何もないものへと成り下がるだろう。
時が経てば自由意思らしきものをある程度取り戻せるかもしれないが、それにしたって一定の制限がなされた不自由なものに過ぎない。
そんな未来は、自由を信条とする者としては容認できないが……。
『女神アリュシーダの支配を受け入れんとする者達は承知の上だろう』
アレスの話が事実であることを証明する言葉に内心嘆息する。
やはり現実味がないのだろう。
当代の人間は人格が砕かれ、都合よく再構築される事実に対して。
ドクター・ワイルドが実際に経験した千年前の出来事。その記憶を受け継いだ雄也としては、それは自殺にも等しい選択だと思うのだが……。
(少し前までの、足踏みさせられていた世界で満足していた人達にとっては、新しい王様が立つぐらいのものとしか考えていないのかもしれないな)
勿論、現状維持の世界を悪し様に言うつもりはない。
それは好みの問題だろうし、明確な意思で足踏みしているのなら自由な選択だ。
尊重しなければならない。
しかし、足踏みを強制されているのならば話は別だ。
そして、そのような状態を生み出さんとしている女神アリュシーダは、必ずこの手で打ち倒さなければならない。
「じーちゃんはどう思ってるのさ」
ランドの答えを受け、ならばとフォーティアが少し不機嫌そうに問いかける。
『儂は如何に神のなすこととは言え、不当な支配を容認するつもりはない』
対してランドは不服そうな声で返した。
殊更尋ねられるのは不審が解消していない証だ。
孫に疑われ続け、さすがの彼もショックを受けているのかもしれない。
『とは言え……』
それでも、年の功と言うべきか、すぐに声の調子を整えて続けるランド。
『最終的にはお前達に女神アリュシーダと戦って貰わなければならないのは、こちらの立場でも同じだ。である以上、この決定に異を唱え、更なる波風を立てるつもりはない』
神の支配を容認する者は、女神アリュシーダに雄也達を倒して欲しい。
神の支配を拒絶する者は、雄也達に女神アリュシーダを倒して欲しい。
どちらにせよ、雄也達が女神アリュシーダの前に立たなければ始まらない状況。
そして、そこから先の世界はその戦いの勝敗で全てが決まる訳だ。
無論、こちらとしては勝つまで負けないつもりだが。
『ともかく、これで無用な横槍はなくなるだろう。少なくとも、あの映像の中のユウヤに勝てると確信できる存在でも現れない限りは』
相応の鍛錬を積んでいるアレスでもまだ大きな差がある以上は、MPリングが急激に大幅な改良でもなされない限り、雄也達に迫る人間がすぐに生まれることはないだろう。
もっとも、そんな大層な技術革新がメルとクリアの全く預かり知らないところで生じてくるとは到底思えないが。
『さて……まあ、こんなところか。騒がせて済まなかったな』
「本当だよ」
纏めに入るランドに、険の取れた口調で文句を言うフォーティア。
誤解は解けたらしい。
対してランドは軽く嘆息しつつ、その突っ込みは流す。
『アレスもご苦労だった。力を使い果たしただろう。今日は休め』
それからアレスをそう労い、彼が「はい」と答えるのを待ってランドは通信を切った。
とほぼ同時に、空を浮かんでいた魔動器が緩やかに地面に降りてくる。
通信の終了に伴い、機能を停止したようだ。
「………………アレス?」
それから少しの間、アレスは微動だにせず黙って立ち尽くしていて、雄也はそんな彼の名を問い気味に呼んだ。
「どうかしたのか?」
尚も考え込むように俯くアレスに、傍に歩み寄って尋ねる。
「もしかして、体のどこか痛めたのか?」
答えない彼に、雄也はまさか加減を誤って深刻なダメージを与えてしまったのではないかと心配して少し慌てながら問いかけた。
「いや、そういう訳じゃない。少し迷いが出ただけだ」
「迷い?」
「ああ。……俺個人としては進化の因子を再び失うなど考えられない。以前、基人の限界に悩まされ続けていた訳だからな」
それはそうだろうと思いながらも、それだけでは迷いという言葉が出てきた理由は分からず、とりあえず話の続きを待つ。
「しかし、世界全体の話となると分からなくなる。実際に進化の因子がばら撒かれたことで、キナ臭くなってきている事実もある」
アレスはそこまで言うと「勿論」と間髪容れずに前置いてから即座に続ける。
「女神アリュシーダの支配。人格を捻じ曲げるようなやり方は到底認められない。それは当然だ。だが、進化の因子は本当に存在すべきものなのか。少し、分からない」
「以前のように基人は弱いままの方がよかったってことかい?」
と、フォーティアが横から問いかける。理解できないと首を傾げながら。
「俺自身はそうは思わない。だが、誰も彼も強さを求めている訳じゃないだろう?」
求道者のようにあるならともかく、普通の人間は社会の中で秩序だって生きる者。
何かのためにと行動すれば、他の何かに影響が出る。
発展を望めば、ひずみが生じるのもまた仕方のないことだ。
仕方のないことだが……アレスがそこを懸念するのも分かる。
元の世界でだって普通にある話だ。
秩序のために発展を捨てようという思想は。
ただ、この異世界では進化の因子の有無で進歩が抑制された事実が現実にあり、更には進化の因子が失われたり、復活したりしているから更にややこしくなっている。
(なまじ、進化の因子を消すという選択肢が作れそうなだけにな)
とは言え――。
「進化の因子があるのが自然な状態なんだ。折り合いをつけていく以外にない」
雄也はそうした考えを理解しつつも迷わずに断言した。
それこそ神でもなければ、全人類から進化の因子を奪うなど現実的ではないのだから。
そして……。
「歪んだ支配者となることが確定してる奴を討ち果たせば、必然的にそうなる訳だし」
「…………女神アリュシーダ討伐後の世界。進化の因子があって尚、平和なものになってくれると思うか?」
「さあ、それは分からないな」
深刻な顔で尋ねてくるアレスに簡潔に答えると、彼は虚を突かれたように目を見開いた。
「……いくら何でも無責任じゃないか?」
それからアレスは眉をひそめながら非難するように言う。
「そうは言ってもな。そこから先は俺が手を出していい領分じゃないし」
少し困りながら返答すると、彼は意図を尋ねるように黙ってこちらを見据えた。
「世界平和は一人の力で作るものじゃない。いや、まあ、今の俺の強さなら、やろうと思えば力任せにそれらしい形はできてしまうかもしれないけど」
平和を乱しかねない反乱分子を全て排除していけば。しかし――。
「それは単なる支配。平和の強制でしかない。形としては女神アリュシーダと同じだ」
ただ首を挿げ替えたに過ぎない。
「人の自由を守るためにやってきたのに、束縛して自由を奪うなんて本末転倒じゃないか」
それこそ信条にかけて自分自身を討たなければならなくなる。
「それは……だが……」
雄也の言い分にも一定の理があると揺らぐアレス。
そんな彼に向け、更に言葉を続ける。
「俺は人の自由を奪う存在を倒すだけだ」
それが特撮ヒーローに憧れ、己に課した自分のあり方だから。
「けど、それだって法が統べる世界からすれば悪以外の何ものでもない」
少なくとも、近代の法治国家は私刑を許容しない。
「平和な世界を望むなら、人が理性で以って社会を形作らないといけない。平和は人々の努力の上にしか成り立たないものだから」
「……人にそれができると思うのか?」
「できなければ滅ぶだけだ。だから必要に迫られて、自ら秩序を作り出すはず」
強い意思を持ち、僅かばかり自主的に自由を放棄して。
「怪しい人間も多々いるけど、信じられる人間もいる。オヤッさん、ランドさん。アレスも勿論そうだ。今すぐは無理かもしれないけど、いずれは平和な世界になると信じる」
勿論、徹底的に自由を排除して作り出す平和ではなく。
最大限の自由と秩序を併せ持った平和な世界に。
「ただ、まあ、正直、俺達の力はちょっと大きくなり過ぎた。女神アリュシーダを討伐するところまでいったら尚のこと。そこにあるだけで間接的な支配になりかねない」
抑止力と言えば聞こえはいいが、神殺しができるレベルとなると全世界規模の抑圧になってしまいかねない。
存在するだけで人を束縛する異物だ。
「だから、戦いが終わったら、女神アリュシーダと相討ちになったとかにして表に出ないようにした方がいいと思ってる。多くの人々の、心の自由を守るために」
屁理屈かもしれないが。
「極力干渉しないように自制し続けることが、俺達の努力の仕方だろう」
「それは……そう、だな」
アレスは直前の雄也の言葉に同意を示しながら、これまでの対話を吟味するように少しの間瞑目し、それから目を開いた。
「平和は人々の努力の上に成り立つ。停滞を選ばされた結果だったり、誰かに縋った結果の平和は死人が争えないようなものかもしれないな」
彼はそう自分の中の結論を確認するように言うと、一先ず納得したように小さく頷いた。
「力の強い弱いは関係なく、誰も自分にできることを自分の意思で成し遂げて平和を目指す。自由ある平和。俺もその方が好ましい」
「理想論だけどな」
「目指す価値はあるだろう」
僅かに表情を和らげて告げたアレスは、しかし、すぐに表情を引き締め直す。
「だが、それもまた女神アリュシーダの脅威を取り払ってこそだ。お前達に頼り切りになるのは申し訳ないが」
「ある意味、最後の大仕事だ。構わないさ。その後大変なのはアレス達だからな」
対して少し軽口を叩くように言うと、彼はフッと小さく笑みを見せた。
「ではな。全てが終わったら、ゆっくり飯でも食おう」
「ああ」
そうして最後に友人として約束をして、アレスは去っていったのだった。






