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【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~  作者: 青空顎門
最終章 混沌の秩序

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第四十六話 混沌 ③乱れる世界

 特オタ、前回の三つの出来事!

 一つ。アイリスとツナギと街を散策する中、いくつか店が閉店していることを知る!

 二つ。ツナギの好物を作るため、アイリスが買えなくなった食料品を求めて故郷に向かう!

 三つ。残った雄也とツナギの近くに、突如として過剰進化(オーバーイヴォルヴ)した真超越人(ハイイヴォルヴァー)が転移してくる!

 眼前に転移してきた異形。

 過剰進化(オーバーイヴォルヴ)した真超越人(ハイイヴォルヴァー)を前に、雄也は戸惑いの余り身動きできずにいた。

 実力差は大きく、それ自体に脅威はない。

 怯えているツナギにしても、間違っても命を取られるなどということはないレベルだ。

 問題は誰が、何の目的で過剰進化(オーバーイヴォルヴ)などという人の形を捨て去る方法を実践したのか。その術を確立したのか。

 既にドクター・ワイルドはいないにもかかわらず。

 出自不明の存在を前に様々な疑問が脳裏に生まれ、雄也は思わず立ち尽くしてしまった。


「お、お父様……」


 余りに無防備にそれを眺めていたためか、ツナギが胸の中で不安そうな表情を浮かべて見上げてきながら焦ったように服を引っ張る。

 ハッとして周囲を見回すと既に道には雄也とツナギの二人だけ。

 他の人々は既に逃げ去ったようだ。


「っと、ごめん。大丈夫だよ、ツナギ」


 小さくなっている彼女を安心させようと、背中に回していた手で軽く頭を撫でながら言い、それからもう一度だけ異形へと視線を向ける。

 距離にして十五メートル程先。

 大きさは人の三倍程度。ただし、四肢は寸足らずで太い。

 胴体にしても頭部にしても、デフォルメされた人形のようなシルエットだ。

 だが、その姿に心が和むということはない。

 巨大な全身を覆う厚そうな装甲が赤熱し、関節部分の隙間からは溶岩の如き粘度の高い何かが零れ落ち続けているからだ。

 まるで岩の巨人が膨大な熱量に負けて溶け出しているのを、装甲によって無理矢理人型にしているかのように。

 そのせいで男か女かも分からないため、便宜上、赤熱ゴーレムと呼んでおくことにする。


(とは言え……)


 描写を並べると恐るべき脅威のようだが、結局その強さは生命力と魔力に依存する。

 派手な見た目とは裏腹に、赤熱ゴーレムの実際の強さは過剰進化(オーバーイヴォルヴ)した真超越人(ハイイヴォルヴァー)としては精々平均より少し下というところ。

 今一、MPリングに類する魔動器の質が悪いのだろう。

 前述の通り脅威度は極めて低い。

 もし殺し合いとなれば、戦いとも呼べないような蹂躙劇と成り果てるだろう。

 もっとも、それにはまず相手が人類の自由を侵害する邪悪である必要があるが……。

 少なくとも、この場ではその必要はなさそうだ。

 確かにツナギが怯えている以上、敵意のようなものはある。しかし――。


「ツナギ。あの人は怖がってるだけだ」


 敵意以上に、変質した己に慄いている気配が感じ取れる。

 その姿を見る限り、恐らく自らあの姿になった訳ではないのだろう。

 何者かの手によって、己の意思に反して無理矢理体を弄られたに違いない。

 そして疑心暗鬼となり、周囲の全てが敵に見えている訳だ。

 それでも暴れ出すようなことはなく、その巨躯を限界まで小さくしている。

 過剰進化(オーバーイヴォルヴ)の影響によって全身を苛んでいるだろう違和感にひたすら耐えているかのように。あるいは、何もかもを警戒して身を守っているかのように。


「怖がってる?」

「そうだ」


 通常、真超越人(ハイイヴォルヴァー)であれば過剰進化(オーバーイヴォルヴ)にも耐えることはできる。

 実際、赤熱ゴーレムは如何にも自壊しつつあるような外見ながら、生命力や魔力の気配に身を滅ぼしかねないような乱れはない。

 関節の装甲の隙間から漏れているのは一種の魔力の塊で、恐らくは攻防一体の武装のようなものと予測される。メルトダウンして自壊しつつある訳ではない。

 とは言え、実際に己の姿が人から大きく外れたものとなり、更には一見すると体の一部が溶け出して崩れていっているかのように見える状態で、平常心でいられる者は少ない。

 ましてや彼あるいは彼女自身には、命の危険の有無など分かりようがないのだから。


「ウウウウウゥ」


 故に、その恐怖を吐き出すように赤熱ゴーレムは地獄の亡者の如く呻く。

 言葉で表さない辺り、過剰進化(オーバーイヴォルヴ)の弊害で声帯が機能を果たさなくなっているらしい。


「ウウウアアアアアッ!」

「ひっ」


 その低く響く声を前に、ツナギは小さく悲鳴を上げて雄也の右手にしがみついてきた。

 しかし、所詮声は声。

 正体も分かっているし、脅威にもならない以上、恐怖を与える度合いは本来極小だ。

 それでも、恐れという感情から遠ざけられてきたがために耐性が著しく低い彼女にとっては致命的で、トラウマが歪に影響したせいもあって全身を竦ませてしまっている。

 恐れとよろしくやっていくには、やはり幼過ぎるのだろう。

 生まれて数ヶ月のツナギには酷というものだ。

 勿論、だからと矯正を諦める訳にはいかないが。彼女の将来のためにも。

 何にせよ、容易く変わるものではないが――。


「あの人は救うべき人だ。怖がったら可哀想だ」


 一先ず、成長の一助となってくれればいい。

 そう考え、絶対に離さないという感じで雄也の右手に全力で抱きついてきているツナギに視線を落としながら、諭すように丁寧に告げる。


「救うべき、人……?」


 反芻するように繰り返す彼女に軽く頷き、それから雄也は、今も尚苦しみ続けている赤熱ゴーレムへと再び目を向けた。


「アサルトオン」

《Transcend Over-Anthrope》


 そして右手を使わない簡易的な構えを取り、装甲を身に纏う。

 人の形を崩している過剰な魔力を取り除きさえすれば、とりあえず過剰進化(オーバーイヴォルヴ)を無効化し、眼前の存在を鎮めることはできるはず。

 諸々はその後でいい。

 と言うよりも、ごちゃごちゃと考える前に最初からそうするべきだった。

 非効率的にも程がある。

 ドクター・ワイルドとの因縁が解消され、残すは女神アリュシーダのみとなったことで他の問題に少々無頓着になってしまっていたのだろう。

 ある意味、油断していたのかもしれない。


「無駄に苦しめてしまって申し訳ない」


 特に意味もなく、いたずらに苦痛の時間を長引かせたようなものだ。

 自然、眼前の被害者に対して謝罪の言葉が口をついて出る。

 が、実の伴っていない謝罪に価値はない。

 そう告げるように、赤熱ゴーレムは突如として雄也達を視界に捉えて突進してきた。

 突然眼前に現れた強大な力の気配を前に危機意識が限界を超え、窮鼠猫を噛むが如く攻撃こそ最大の防御とばかりに一直線に突っ込んでくる。


(ともかく、MPキャンセラーで――)


「って、あ。ちょ、待った!」


 早速、右の手首で赤銅に鈍く輝いている腕輪型の魔動器を以って眼前の存在を救わんとしたが、右手にはツナギが引っついている。

 雄也は少し慌てて、右手に全力で抱き着いたままでいる彼女を左手で支え、大きく跳躍して距離を取った。


「ツナギ、ちょっとの間離れるか、左側から振り落とされないようにしがみつくか――」


 と、言い終わる前に彼女は素早い動きで左側に回り込み、飛びつくように首に手を回してきた。どうしても離れるのは嫌なようだ。

 そんな彼女に苦笑しつつ、その体を左手で支えながら赤熱ゴーレムを再び見据える。

 そうこうしている間も相手は雄也達だけを目標と定め、興奮した牛のように駆けてくる。

 それでも建物は破壊されていない辺り、やはり善良な人間が利用されているのだろう。


(すぐに元に戻してやるから)


 そして右手を構え、左手でツナギを抱えたまま石畳を蹴ろうとした瞬間。


「そこまでだ!」


 鎧を纏った複数の人間、気配から察すると通常の真超越人(ハイイヴォルヴァー)と思しき者達が現れ、赤熱ゴーレムと雄也達それぞれを取り囲んだ。

 今正に動き出そうとしていたところだったため、思わずバランスを崩しかけてその場で踏ん張る。ツナギも体に力を入れ、そのせいで少し首が締まった。


「そちらはいい。あちらを速やかに処理しろ」


 そこへ聞き覚えのある声が届き、雄也達の周りに展開していた真超越人(ハイイヴォルヴァー)達は速やかに赤熱ゴーレムの方へと向かう。

 そちらは突然の乱入者に戸惑い、立ち止まって取り囲む者達を警戒して見回していた。


「ま、待て! その人は――」

「大丈夫だ。殺しはしない」


 再度聞こえた覚えのある声の主は、この世界で数少ない男の友人であるアレス。

 彼もまた、最初期にドクター・ワイルドによって渡されたMPリングによって真超越人(ハイイヴォルヴァー)へと変じており、装甲を身に纏っている。

 しかし、ドクター・ワイルドに鬼人(オーガントロープ)と呼ばれていた姿とは微妙に異なっていた。

 基本的な意匠は同じだが、メルとクリアによる魔動器の改良により、全属性に対応した新たな形態となっている。

 彼自身もこの短期間で相当鍛え上げたようで、最低でもアテウスの塔突入前の雄也ぐらいの強さはあるかもしれない。


「アレスがここにいるってことは、超越人(イヴォルヴァー)対策班か。なら――」

「ああ。MPキャンセラーの支給も受けている。あの人は俺達が元に戻す」

「別に俺がやっても同じじゃないか?」

「いや……お前は余り力を見せつけるな。少々面倒なことになっている」

「面倒?」


 アレスは雄也の問いに答えず、赤熱ゴーレムの方へと視線を移す。

 少しの間、問うように彼を見続けるが、答える意思はないようだ。

 仕方なく彼の視線を辿る。

 そちらでは超越人(イヴォルヴァー)対策班が見事な連携で、素早く赤熱ゴーレムを元の龍人(ドラクトロープ)の女性に戻していた。

 異形と化していた肉体が彼女本来のものに回帰したおかげで、多少は落ち着きを取り戻したらしく、しっかり受け答えしている。

 それでも当然ながら動揺は見られるが、一安心というところだろう。


《Change Anthrope》《Armor Release》


 と、これで事件は一先ず収束したと見てか、アレスが鎧を脱ぎ去る。


《Return to Anthrope》《Armor Release》


 それを受けて雄也もまた同じようにした。

 胸の中のツナギは警戒しているのか、雄也に抱き着く力を更に強めながら黙って相手を睨んでいるが、とりあえずそれは放置して口を開く。


「随分と手慣れた様子だな」

「……まあな」

「その口振り、まさか他の場所でも過剰進化(オーバーイヴォルヴ)した真超越人(ハイイヴォルヴァー)が?」


 曖昧な肯定の仕方をするアレスに、そう判断して問う。

 対して彼は、今度は首を縦に振って答えた。


「どうして俺達に言わなかったんだ?」

「ドクター・ワイルドをも超える敵に挑む上で、余計な重荷を負わせるべきじゃないという協会長の計らいだ。容赦してくれ」

「オヤッさんが……」


 そんな風に言われてしまっては文句もつけにくい。

 だが、だとしても――。


「誰がこんなことをしたのか、分かってるのか?」


 そこは問うておかなければならない。知ってしまった以上は。


()()()()()()()不明だな。どうやら突然連れ去られて人体実験を受けたらしい。何とか暴れて〈テレポート〉してきたようだが、それだけだ。個人の犯行か、龍星(ドラカステリ)王国の関与があったのか。それはこれからの調査次第だ」


 他の超越人(イヴォルヴァー)対策班のメンバーから〈テレパス〉で報告を受けたのだろう。

 アレスは難しそうな顔をしながら答えた。


「……今回に関しては、ということは明らかに出自の違う奴もいたのか?」

「ああ。例えば水星(イクタステリ)王国や獣星(テリアステリ)王国の魔法技師。これは単独の犯行だったな。それとは別に、妖星(テアステリ)王国は国家ぐるみで行っていることがほぼ確定的だ」


 MPリングの仕組みの解明と応用。

 進化の因子があればいずれは、と思っていたが、想定以上に早い。

 とは言え、それはそれで構わないが――。


「さすがに誰かの自由を奪ってまでやっているのなら、見過ごせないな」


 そうでないなら健常な進歩でしかないため、雄也に手を出す権利はないが。


「まあ、待て。これまで単独犯は超越人(イヴォルヴァー)対策班の力で全て捕まえてきた。国家ぐるみかどうかは明確な証拠がない。キナ臭い状況だ。自重してくれ」


 証拠は力技で集めてもいいが、冤罪だった場合は目も当てられない。

 下手な真似をすれば、逆に自分こそが討ち果たすべき敵となりかねない。

 少なくとも超越人(イヴォルヴァー)対策班側からの伝聞ではなく、雄也側で一定の情報を集めた上で判断しなければならないだろう。


「何を優先すべきか、熟慮するべきだ」


 更にアレスは頼み込むように続ける。

 二兎を追う者は一兎をも得ず。

 女神アリュシーダをどうにかできなければ、全て台なしとなるのは事実だ。

 それでも、だからと言って放置することは信条にかけてできない。

 もどきとは言え、心に思い描くヒーローの真似ごとをする以上は。

 最低でも頭の片隅には置いておかなければならない。


「では、俺達は行く。取り調べもあるからな」


 そんな風に考え込んでいるとアレスは雄也達に背中を向けて歩き出した。

 かと思えば、立ち止まり――。


「そうだ。ユウヤ」

「どうした?」

「…………いや、何でもない。ともかく、慎重に行動してくれ」


 アレスはそうとだけ告げ、他の超越人(イヴォルヴァー)対策班に合流して去っていった。

 意味深な言動に、一体何が言いたかったのかと首を傾げながらその背中を見送り、姿が見えなくなった後もしばらく場に留まる。


「お父様?」


 と、ツナギに呼びかけられ、雄也は思考を打ち切った。

 何にせよ、これ以上ここにいても仕方がない。

 街を散策する気分でもない。


「……帰ろうか」

「はい、お父様」


 だから雄也はツナギに軽く微笑みかけながら、彼女と共に自宅へと転移した。

 大事件に至る余地はなかったものの、世界に満ちたキナ臭さを実感するような小さくも重大な事態を前に、どう対処すべきか内心思い悩みながら。

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