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【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~  作者: 青空顎門
第九章 円環への挑戦

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第四十五話 清算 ①ドクター・ワイルド

 特オタ、前回の三つの出来事!

 一つ。分身体を通じて本体を攻撃し、ドクター・ワイルドを撃破する!

 二つ。彼の魔力吸石を吸収するが、罠が仕かけられており、肉体を奪われかける!

 三つ。アイリス達の支えによってそれを防ぎ、完全にドクター・ワイルドを討ち果たす!

『……ユウヤ、大丈夫?』


 少しの間、放心していたせいでアイリスが心配したように問うてくる。


『あ、ああ。大丈夫』


 雄也はハッとして応えようとしたが、直前にドクター・ワイルドの記憶の一部を得たことによる動揺が抜け切らず、それが滲み出た声になってしまった。


『勝った、んだよね? お兄ちゃん』

『もしかして、どこか怪我でもした?』


 そんな雄也の様子に引っかかりを覚えたのだろう。

 メルとクリアからも不安げに尋ねられてしまう。


『いや…………俺は無事だし、今度こそ俺達の勝ちで間違いないよ』


 対して雄也は彼女達を安心させようと、心の内の荒波を気取られないように少し間を取って何とか冷静さを取り繕いながら答えた。

 突きつけられた真実についてどう受け止めるべきか、まだ思考が追いつかない。

 今は一先ず棚上げにしておくしかない。


『では、とりあえず帰るとしよう。彼女もまともなところで休ませてやらねばならんしな』

『……ですね。俺も正直疲れましたし』

『それはそうだろうな』


 同意と共に誤魔化し気味に告げた雄也の言葉に、ラディアは気遣わしげに返す。

 とは言え、疲れているのは皆も同じだろう。


『わたし達もヘトヘトだよ』

『できれば、アテウスの塔を調べたいところだけどね』


 一番年下のメルとクリアも、好奇心で疲労を捻じ伏せることはできなかったようだ。

 声色からも消耗具合が感じ取れる。


『それは休んでからにすることだ。疲労困憊のまま調査しても能率は上がらん』

『はーい』『分かってます』


 最初からラディアの提案通りに帰るつもりだっただろうに、わざとらしく不満げな口調で言う双子。激戦を潜り抜け、少々変なテンションになっているのかもしれない。

 そんな彼女達に、ラディアは苦笑気味に小さく笑いながら『さて』と話を戻した。


『ともかく家に戻るとしよう。ただ、私の家のポータルルームは狭いからな。しっかり順番を決めて時間をずらし、同時に転移しないように気をつけてくれ』


 確かに転移が重なると、大惨事になりかねない。

 一瞬先に転移した方が弾き飛ばされ、まずポータルルームが破壊される。

 それだけならともかく、勢いによっては本宅も崩壊してしまうかもしれない。

 彼女達のレベルなら、恐らく吹っ飛ばされた当人は無傷だろうが。

 いずれにしても、避けるに越したことはない。


『とりあえず、俺は最後でいいよ』


 雄也はそうとだけ告げると、少し気分を変えようと〈テレポート〉で塔の頂上に出た。

 色々と考える時間が欲しい。


(……空が青いな)


 外に出ると、その高度故に何ものにも遮られていない広い空が視界に映る。

 その解放感。

 余り時間は経っていないはずなのに、酷く懐かしさが感じられた。

 それだけドクター・ワイルドとの最終決戦は辛く厳しいものだったと言える。

 加えて、彼から得た記憶。


(ここまで来られた俺は、これまでいなかったんだろうしな)


 当然のことながら、前回までの自分の主観的な記憶、経験はない。

 だが、その事実を知ってしまった以上、何も感じずにはいられない。


「……ユウヤ!」


 と、アイリスが名を呼びながら駆けてきて、腕に抱き着いてきた。

 ぼんやり考え込む余り、〈テレポート〉の気配に気づかなかったようだ。


「先に戻ったんじゃなかったのか?」

「……私がユウヤを置いて先に帰るはずない」


 問いに対するアイリスの簡潔な答えに、それもそうかと納得する。

 これまでの彼女の言動もあって説得力が凄い。


「……何だか様子が変だったから心配したけど、体は大丈夫そうでよかった」

「さっきそう言ったじゃないか」


 しかし、信じて貰えなかった辺り、やはり動揺の影響を隠し切れていないのだろう。


「アイリスこそ無事でよかった」


 とは言え、この場は誤魔化しのために(当然本心でもあるが)そう続けておく。

 彼女もまた以前までの世界では、この時を迎えることはできなかった。

 それ自体は喜ばしいことだ。

 だが、ドクター・ワイルドの正体が正体だけに罪悪感も募る。

 それでも今は顔に出さないように努めておくしかない。

 記憶そのものの咀嚼もまだ終わっていないし、戦勝の空気に水を差したくない。

 勿論、なるべく時間を置かずに話さなければならないことだろうが。


「お兄ちゃん!」『兄さん!』


 そうこう考えているとメルとクリアもまた傍に来て、逆側の腕を取ってきた。

 顔を上げると他の面々の姿もある。

 順番に帰るはずが、結局全員揃ってしまった。


「家に戻るんじゃ?」

「アイリスも言っただろう。お前の様子がどこか変だったからな」

「それを心配するのは当たり前のことじゃないか」


 ラディアに問うと彼女の言葉に続いてフォーティアもまた頷きながら答える。


「疲労よりもまずはそっちですわ」

「何かあるなら相談して欲しいです」


 更に自分達も同じ気持ちだとプルトナやイクティナも続く。

 特撮ヒーローに憧れるもどきの身には、本当にもったいないぐらいの仲間達だ。

 そんな彼女達の姿を目の当たりにしては、黙ったままでいるのは余りにも不義理だろう。


「……うん。そうだな」


 とは言え、何から話せばいいものか整理し切れずに困っているのもまた事実。

 だから――。


「けど、もう少し待って欲しい。まだ混乱してて頭の中が纏まってないんだ」


 せめて厄介な問題が存在することだけは否定しないでおく。


「……そういうことなら待つ」

「でも、心配で疲れちゃうから」『余り待たせないでね』

「分かってる」


 そして否定しなかった以上は、色々整理でき次第なるべく時間を置かずに話すつもりだ。


「いずれにしても、まず家で休むことだ」

「じゃあ、俺から行きます」


 最後まで残ろうとすると全員転移しないのなら、そうするしかない。


「ああ。いや、待て。すまないが、この子を連れてってやってくれ」


 と、ラディアはその小さな体で抱えている小さな体を視線で示しながら言った。

 雄也がドクター・ワイルドと戦っているさ中、彼女達に救出して貰ったツナギだ。


「私は顛末を報告に行ってくる」

「分かりました」


 雄也はアイリスとメルクリアに離れて貰い、ラディアからツナギを受け取った。

 形としてはお姫様抱っこ。

 しかし、彼女の境遇が境遇だけに、アイリスと双子も仕方ないという態度だった。


「じゃあ、今度こそ帰ろうか」


 そんなこんなでラディアを除いた面々で一先ず家に戻り、ツナギを空いているベッドに寝かせた。メルとクリアによれば命に別状はないとのことだが、眠ったままだ。

 それだけ消耗したということだろう。

 ドクター・ワイルドに道具の如く扱われたのだから当然か。


「にしても、よく救い出せたな」

『まあ、私達の力と言うよりはアテウスの塔の機能のおかげね』


 雄也の感嘆に、少し気まずそうに言うクリア。


「最初から分離可能なように設定されてたみたいなの」

『語弊を恐れずに言えば、彼女には色々な用途があったみたいね。万一別の用途で使わなければならなくなった時、再利用が可能なようになってたって訳』


 今回は防ぐことができたが、別の時間軸では雄也の体を奪うための捨て駒として過剰強化を強制的に使わせられて、実際に体が耐え切れずに崩壊していた。

 何にせよ、そういう用途も含めて、最後の最後まで余すところなく使い潰すためにそういう機能があったということだろう。

 それが逆に彼女を救うことになったのだから、何が功を奏すか分からないものだ。

 もっとも、そもそもそんな状況に陥らないに越したことはないのだが。

 彼女の寝顔を見ながら、心の中で小さく嘆息する。


(……ツナギも、ドクター・ワイルドの被害者だ)


 そしてドクター・ワイルドは別の時間軸の己自身。

 遥か千年前に召喚されてしまった雄也なのだ。

 その罪。責任。

 あれは自分とは別の存在だと言いたいところだが、自分とはまるで関係ないとは、どうにも言い切れない。

 たとえ別の道を歩んでいても、元々は確かに同一の存在だったのだから。

 あるいは、この雄也自身も切っかけがあれば彼と同じ道を辿っていた可能性もある。


(アイリスに呪いをかけて苦しめ、ラディアさんの両親の人格を破壊し、記憶を改竄。プルトナの父親を冒涜し、ティアの故郷を破壊した)


 イクティナやメルとクリアにしても。

 このような戦いに巻き込まれたのは、ドクター・ワイルドによって効率的に新たな肉体を成長させるために都合がいいと選ばれてしまったからだ。

 彼女達に対して引け目のようなものを感じてしまうのも無理もないことだろう。

 真実を口にするのを躊躇するのも。

 とは言え――。


(女神アリュシーダの件。これから起こるだろう事実。それは伝えない訳にはいかない)


 そうなれば必然、その情報の出自を求められるはずだから、ドクター・ワイルドの正体も何もかもを明かさなくてはならない。

 たとえ彼女達に幻滅されたくないという気持ちが消えなくとも。


「大丈夫か? ユウヤ」

「……はい」


 そうした情けない覚悟はラディアが顛末の報告から帰ってきた頃にようやく固まり、雄也は全員を談話室に集めてドクター・ワイルドから得た情報を話し始めた。

 千年前の彼の戦いも、幾度となく繰り返された周回も全て。


「女神アリュシーダの眷属、ネメシス……」

「……一難去ってまた一難」

「でも、多分これが最後だよね」

『ようやく兄さんと平和に暮らせるわ』

「二人共。気持ちは分かるけど、まずはどう対処するか考えないと」

「ワタクシ達だけでどうにかできれば簡単な話ですけれど、聞いた限りでは間違いなく騎士や賞金稼ぎ(バウンティハンター)の協力が不可欠ですわ」

「その辺りは私が何とかしよう。まあ、いつもの通りだ」


 しかし、彼女達は彼の正体を耳にして尚、まず眼前の脅威について話し合い始めた。

 まるでドクター・ワイルドが誰だったのかなどさしたる問題ではないかのように。

 そんな反応は予想外で、雄也は思わず呆然と皆を見回した。


「ユウヤ? どうした? まだ何かあるのか?」

「い、いや、その……」


 戸惑いの余り言葉に迷うが、疑問は一つだ。


「ドクター・ワイルドは別の時間軸の俺でした。それについて、その、色々と被害を受けた皆は思うところがあるんじゃ……」


 そして雄也がそう問うと、彼女達はそれぞれ顔を見合わせた。


「何だ、そんなことか」


 それから少しして、代表するようにラディアが呆れ気味に言う。

「そんなことって……」


 積極的に幻滅したり糾弾したりして欲しい訳ではないが、どうでもよさそうに返されるとさすがに戸惑う。

 彼女達全員そう思っているようだから尚のこと。


「何故そう考えたのだ?」

「いや、だって、ドクター・ワイルドの起源が俺と同じなら、何かの切っかけで俺もそんなことをするようになるかもしれないじゃないですか」


 ラディアの問いにそう答えると皆一様に一瞬ポカンとして、それから苦笑する。


「自由を信条とするお前が異なことを言う」

「え?」


 自由というワードを持ち出され、困惑しながらラディアの真意が語られるのを待つ。


「人は自由に生きるべきもの。ならば、出自で決まる未来などぶち壊してこそだろうに」

「……私の知るユウヤなら、己の意に沿わない未来には抗うはず」

「それは……それは――」


 確かにそうだ。

 出生、血筋、遺伝子。環境が培った人格。

 そうしたものは中々に強固なもので、人間を束縛して不自由を強いることもある。

 ならば自由を信条とする者として、それを断ち切らんとするのが筋。

 実に論理的だ。


「切っかけがあれば変わってしまう可能性があるのはわたし達も同じことだよ。でも、実際に変わるかどうかはその時になってみないと分からないでしょ?」

『間違った選択肢が見えてるなら、避ければいいだけだしね』

「選ばないことを選ぶのもまた自由というものですわ」


 双子やプルトナの言葉もまた正しい。

 実際、雄也はああはなるまいと思っている。

 その意思を強く持ち続ければ、己がドクター・ワイルドと成り果てることはないはずだ。


「それに、雄也の話だとドクター・ワイルドがあんな風になったのはウェーラを失ったせいな訳だから、アタシ達が傍にいる限り大丈夫だって」

「そうです! もし道を逸れそうになっても私達が引き戻して見せます!」


 らしい笑顔を見せるフォーティアと、グッと力を込めて言うイクティナ。


「詰まるところ、お前はお前だ。ドクター・ワイルドではない。お前自身の意思も、お前を取り巻く環境も、傍にいる人間も含めてな」

「……そんなユウヤを私達が責めるはずがない」

「そういうことだ。道理に合わん」


 ラディアとアイリスの言葉に、残る全員も首肯する。

 そんな彼女達の姿に、安堵の余り表情が緩みそうになるのを少し下を向いて隠す。

 特に、己の信条として半ば自分に言い聞かせるように口にしてきたこと。

 人の自由を尊重し、それを脅かす者を許さない。

 それを引用して矛盾した考えを正してくれた。

 自分の考え、あり方を深い部分まで理解してくれているようで殊更嬉しい。


「さて、問題はそれよりも遠くない未来に訪れる脅威だ」


 そして、その話題はもう終わりと話を戻すラディア。

 これ以上蒸し返すのは、それこそ雄也を信じる彼女達に対する不義理となるだろう。


(……ありがとう、皆)


 だから、雄也は感謝の言葉を心の中に留めて黙って頷き、話の続きを促した。


「あ、お兄ちゃん」


 それを受けてラディアが口を開こうとしたのとほぼ同時に、メルがそれを遮る。


「あの子が起きたみたいだよ」


 どうやらツナギが意識を取り戻したらしい。

 彼女の状態を見ていた魔動器に反応があったのだろう。


「ふむ。であれば、先に彼女の話を聞くか」


 あるいは、雄也に与えられた記憶以外の情報の断片を持っているかもしれない。

 そういう訳で、雄也達は一先ず彼女を寝かせていた部屋へと向かったのだった。

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