第四十三話 超越 ④トランセンド
特オタ、前回の三つの出来事!
一つ。アイリスの攻撃の余波を感知し、フォーティアが己の無事を伝えんと魔法を放つ!
二つ。二人の攻撃の影響から、アテウスの塔が魔動器である事実をラディアが思い出す!
三つ。状況をひっくり返すため、クリアがアテウスの塔の制御機構への干渉を試みる!
密かにラディアの〈テレパス〉を受け、LSデバイスによる魔力共有を行ったものの、それだけでは眼前の敵、ドクター・ワイルドには届かない。
加減され、今尚見かけの均衡を維持させられているが、その本来の力は単純に雄也とアイリス達全員の魔力を束ねたものを超えている。
LSデバイスを使えるようになったからと調子に乗って攻めに転じたところで、それ以上の力で抑え込まれるのが関の山だ。
だから雄也は魔動器を起動する前の魔力を維持し、何も変化がないように装った。クリアの作業の妨げとならないように。
しかし、ここは敵の領域。
相手に全く気取られずに行動を起こすことは不可能に近い。
「どうやら何か小細工をしているようだな」
事実、彼女達の企ては察知されているようだった。
ドクター・ワイルドは偽りの映像が重ねられている空間の辺りを見据えている。
「だが、六大英雄は間もなく自滅する。所詮それまでの悪足掻きだ」
とは言え、何をなそうとしているかまでは把握できていないのだろう。
いや、あるいは全て分かっていて無駄と判断しているのか。
いずれにしても、ドクター・ワイルドは僅かたりとも余裕の態度を崩さない。
「自滅するよりも早く暴走する六大英雄達を倒すことができるというのなら、それもまたよし。だが、いずれにせよ、最後には処分することに変わりはないからな」
「そういう態度を慢心って言うんじゃないのか?」
「言ったはずだ。貴様の勝機は唯一つ。仲間達の命と力を奪い取り、己がものとする以外にはなかったと。それができないなら俺の敵ではない。何より――」
ドクター・ワイルドは言いながら、力の差を突きつけるように踏み込んでくる。
加減した動きではない、全力の速さを以って。
「いつでもお前を殺せることを忘れるな」
しかし、彼は攻撃の素振りをしただけで、そう言うと一旦間合いを開いた。
まるで今正に口にした事実を証明するように。
「それに、いざとなればリセットすればいいだけの話だ。この俺自身が生きている限り、負けはない。……貴様には決して負けはしない」
更にドクター・ワイルドは虚空を睨みつけるようにしながら告げた。
雄也ではない誰か、恐らくは女神アリュシーダに宣言するように。
「…………リセット、だと?」
所詮通過点と雄也達全員を見下しているかの如きドクター・ワイルドに怒りは尽きないが、それを押し殺しながら、引っかかりを覚えた不穏な言葉を問うように繰り返す。
単純に闘争と名づけられたこのふざけた計画を最初からやり直すということなのか、あるいは元の世界にあったゲームのリセットのように……。
(さすがにそれはフィクションに染まり過ぎか)
脳裏に浮かんだ可能性を、常識で打ち消す。
勿論、この世界のそれを含めた常識によって。
「どういう意味だ」
そして改めて問い質さんとするが――。
「貴様には関係のない話だ。既に未来の定まったお前には、な」
ドクター・ワイルドはそう冷淡に返すと、再び攻撃を仕かけてきた。
今度は全力ではなく、雄也がギリギリ回避可能な殴打の連撃で。
ただ、回避が不可能ではないからと甘く見ることはできない。
対ドクター・ワイルド限定で発動している予知の如き謎の直感をフル活用して尚、常に全力で避け続けなければ即座に捉えられてしまう。
さすがに加減された状態では一撃で致命傷とはならないだろうが、一撃受ければ動きが鈍り、二撃目を回避することができるか分からない。
時間切れを待つまでもなく敗北してしまうことだろう。
「くっ、この」
そんな風に色々と言っても、結局は完全に敵からなめられている状況なのは間違いない。
だが、それだけの力の差が存在することは変えようのない事実だ。
それでも何とか防戦一方にだけはならないように雄也は攻撃を交えて均衡を作ろうとしたが、軽くあしらわれて守勢に逆戻りだった。
「む?」
と、そんなさ中にドクター・ワイルドが何かに気づいたように攻撃の手を止める。
『兄さん!』
それとほぼ同時に、クリアの〈テレパス〉が脳裏に大きく響いた。
『待機状態にあったアテウスの塔を完全に起動させたわ!』
『これで多分、アテウスの塔が私達に及ぼしてた効果が増加するはずだよ!』
続いてメルの声も届く。
この塔で分断され、各々各所で戦っている時一人一人に生じた謎の成長。
互いを強く想うことで促進されていたらしいそれは、アテウスの塔が有する機能の発現と予測されたが、どうやら待機状態での不完全なものに過ぎなかったようだ。
実感として今正に己の生命力と魔力が向上し続けているのを感じる。
「セキュリティを魔力でこじ開けたか。手癖の悪い」
しかし、ドクター・ワイルドはそれを感知して尚、つまらなそうに告げた。
クリアがイクティナを始めとした皆の魔力をうまく利用したのだろう。
「もっとも、個々の力が多少伸びたところで大勢に影響はないがな」
それでもやはり、彼は動じなかった。その言葉が紛うことなき真実と告げるように。
とは言え、雄也達に打てる手はもはや限られている。
その態度が慢心だと願って、全力を以って攻撃する以外にはない。
『皆、俺に力を』
だから、雄也は即座にLSデバイスとアテウスの塔そのものを介して仲間達から魔力を受け取ると共にRCリングを起動させた。
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Change Therionthrope》《Convergence》
《Change Drakthrope》《Convergence》
《Change Phtheranthrope》《Convergence》
《Change Ichthrope》《Convergence》
《Change Satananthrope》《Convergence》
《Change Anthrope》《Maximize Potential》
《Final Gauntlet Assault》
電子音が刹那の内に鳴り響き、全ての魔力が右手のミトンガントレットに集中する。
「だったら、食らってみろ。俺達の全力を!」
そして雄也はそう言い放つと同時に、真正面から突っ込んだ。
「レゾナントアサルトブレイク!!」
小細工なしの全身全霊。
間違いなく雄也達が繰り出せる最強。
仲間達の意思を束ねたその一撃を、ドクター・ワイルドに叩き込まんとする。が……。
「やはり、それではこの程度だろうな」
いつの間にか盾を構えていた敵に、それこそ正面から防がれてしまっていた。
見方によっては、あのドクター・ワイルドに防御をさせただけでも大したものと言えるかもしれない。
が、生死を賭けた戦いにおいては気休めにもならない。
「六大英雄の魔力吸石を足して、最低目標値を多少上回るというところか。やはり生命力分を回収できないのは痛手だな」
力を計るためにわざわざ受け止めたとでも言うような言葉を耳にすれば尚のこと。
さすがにここまで来ると、僅かたりとも勝利に繋がらない部分で楽観することなど僅かたりともできはしない。
「くっ、もう一度だ!」
それでも、仲間の力を束ねたこの力に頼る以外に術がない以上、たとえ馬鹿の一つ覚えと罵られようとも同じ攻撃を繰り返すしかない。
六大英雄自滅までの僅かな間。
生命力と魔力の成長によって敵に届くことを願って。
「願望に縋っても悪足掻きにもならない」
そうした雄也の姿に、呆れ果てたようにドクター・ワイルドは嘆息した。
「言ったはずだ。仲間達の力を奪い、食らわなければ意味がないと」
更に彼はつまらなそうに言って続ける。
「LSデバイスを介して力を受け取ったとして、それは仲間達が持つ一〇〇%ではない。戦うため、生きるために常に生命力と魔力を一定量使用しているのだからな」
各々暴走した六大英雄の猛攻をしのいでいるからだけではなく。
基礎代謝に消費するカロリーの如く、生存に不可欠な生命力と魔力があるから。
事実として、全員の力を単純に足した総量になることはない。
アイリス達が生きている限り。しかし……。
「だから、そんな真似ができる訳ないだろうが!」
大切な仲間達を犠牲にして、不自由を強いて勝利したところで意味がない。
それでは六大英雄を捨て駒にしたドクター・ワイルドと何ら変わらない。
故に、雄也はそう叫びながら再度魔力を急速収束させ――。
《Heavysolleret Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」
圧縮した魔力を生成した鉄靴へと集め、魔法で推力を発生させると敵へと蹴りを叩き込まんとした。
…………だが、やはり通用はしない。
「ふん。安い全力だ」
今度は目にも止まらぬ速さで攻撃の軌道からかき消え、ドクター・ワイルドは雄也の背後に立って嘲るように呟いた。
対して咄嗟に推力を制御して制動をかけ、着地と同時に回転すると共に拳を振るう。
が、それもまた容易く回避されてしまった。
「これが特撮の最終決戦なら、興醒めにも程があるな」
離れた位置まで飛び退った彼はそう告げると、やれやれと言いたげに首を横に振った。
「間もなく六大英雄も自滅する。それを以ってお開きとしよう。もはや劇的な筋書きなど必要ない。お前達が感知できない闇の中から一人ずつ処分してやる」
それから空中に映像に視線を向けるドクター・ワイルド。
アイリス達の小細工で異なるものが映っているはずだが、それをも見抜いていそうだ。
彼は六大英雄達の死を見届けて、この場を去るつもりなのだろう。
『く、どうすれば……』
LSデバイスを以ってして尚、敵わなかった事実を前に策が尽き、思わず〈テレパス〉を介してアイリス達に弱音を吐いてしまった。
『……簡単なこと。私達が命を、身も心も全てを懸ければいい』
と、それに応じてアイリスがそう返してきた。
『なっ!?』
どうやら彼女は、それこそ生命活動の維持に支障が出るレベルで雄也に力を受け渡そうとしているらしい。
『ま、そーいうことだね』
『うん、それしかない』『合理的ね』
『やりましょう』
『本当に、簡単な方法が残っていましたわね』
即座にフォーティア、メル、クリア、イクティナ、プルトナが続く。
彼女達も同意見のようだ。
『お前達は全く……だが、賛成だ』
更にラディアもまた皆の様子に呆れ気味に言いながら、しかし、僅かたりとも異論を挟むことなく同意する。
『だ、駄目だ! まだ六大英雄達と戦ってるのに!』
暴走する敵に無防備な姿を晒すことになってしまう。
そうでなくとも命の危険がある。
『……六大英雄が自滅した後じゃ遅い。今やらないと』
だが、アイリスの言葉は確かな事実ではある。
それでも仲間を犠牲にすることは……。
『私の命は私が使い方を決める。この選択は私の自由』
『アイリス……』
躊躇うことは雄也の自由でもあるが、だからと相手の気持ちも考えることなく一方的に止めることは自由の侵害だ。
そもそも物理的に制止はできない。
言葉で心を変えられないなら、どうしようもない。
『ユウヤに、力を!』
そうした逡巡の間にアイリスが高らかに宣言する。
次の瞬間、示し合わせたかのように六属性の魔力、各々の生命力が流れ込んできた。
想いにアテウスの塔が反応して生じた成長分も含めて。
(これだけの力なら、あるいは……だけど!)
そのために彼女達が危険に晒されて命を落としては、結果ドクター・ワイルドの目論見通りになってしまう。だから――。
「アテウスの塔! お前が人の意思を以って世界の法則を超越するための魔動器なら!」
雄也は今正に彼女達の力を媒介しているそれに対して叫んだ。
「想いによって力を発揮するというのなら! 俺の想いに応え、皆を守って見せろっ!!」
《Full Linkage》
更に雄也が言い放つとほぼ同時に、どこかで一度聞いた覚えのある電子音が鳴り響く。
それに合わせて受け渡されたアイリス達の生命力と魔力が雄也の中で混ざり合っていき、一つの大きな力となった直後。
《Transcend Over-Anthrope》
同じく記憶にある電子音が続いた。
(この音は、確か)
ドクター・ワイルドが王都ガラクシアスを消し去ろうとした際。
空すら覆う光を防がんと全力以上を出し切り、遠退く意識の中で耳にしたもの。
その事実について検証する間もなく、あの時とはまた異なり、雄也の体は急激な変質を始めたのだった。






