第四十話 未来 ④始まりへのモノローグ
特オタ、前回の三つの出来事!
一つ。女神アリュシーダとの対話により、それが意思を持った理由か明らかになる!
二つ。女神アリュシーダがウェーラを異物と判断し、干渉から抹殺へと方針転換する!
三つ。ウェーラの最後の魔法により、彼女の力と知識と共に百年後の未来へと飛ばされる!
百年後の世界に一人。
その事実を受け入れられるようになるまで、短くない時を要した。
幸いと言うべきか、その間、女神アリュシーダが姿を現すことはなかった。
『雄也』が未来への時間跳躍をしたことによって一時的に進化の因子が世界から完全に消え去った状態となり、それによって活動を停止したようだ。
大人しくしていれば敵も現れない世界。
彼女のおかげで得た人類を逸脱した力があれば、生きるに困ることはない。
生活の拠点を作るのも、日常の糧を得ることも全く難しくなかった。
だが、それはただ生きているだけ、死んでいないだけの時間に過ぎなかった。
やがて時と共に己の今を見詰めることができるようになり……。
(俺が何もしなければ、それこそウェーラは無駄死にだ)
そう自らに言い聞かせ、そこから『雄也』は行動を始めた。
(何より、人の自由を奪い尽くす女神アリュシーダだけは絶対に許せない)
全ては打倒女神アリュシーダのため。
ウェーラに貰った知識を用いて。
(いずれにしても、まずは俺自身が強くならないといけない)
真超越人でも耐えられない過剰進化ですら、女神アリュシーダには届かなかった。
現在の『雄也』は彼女の魔力吸石によって半ば進化したような状態にあったが、それでようやくあの時のウェーラと同等というところだ。
悔しいが、今のままでは女神アリュシーダには決して敵わない。
力の差は象と蟻よりも遥かに大きいだろう。
いや、同じ地平にすら立っていないと言わざるを得ない。
(なのに……)
単純に魔力吸石を集めても、地道に鍛錬を続けても成長は微々たるものだった。
目指すべき高みとの比較では。
進化の因子が残存しているおかげで成長が止まるということはないが、この調子では数百万年かかっても女神アリュシーダには及ばないだろう。
魔法を用いれば老化を抑制することは不可能ではないが、さすがにそこまで命を繋ぐことは不可能だ。時間的な制約がのしかかってくる。
まるで幾度となく時間跳躍した代償とでも言うように。
(こうなったらMPドライバーを改良しないと)
そうして成長速度を高めることが、唯一現実的な手段だ。
その方針の基、『雄也』は一人研究を続け、新型MPドライバーは完成したが……。
(これじゃあ、駄目だ)
それを使おうにも体内に既に存在しているMPドライバーと干渉し、正常に機能しないどころか逆に魔力の流れに異常が出てしまった。
体内のMPドライバーを摘出しなければならないと予測されたが、それを自分一人で行うことは不可能。少なくとも同等以上の力を持つ人間がいなければ。
手術をしようにも近しいレベルになければ、傷一つ付けられないのだから。
しかし、だからと無理に融合させようとすれば、何が起こるか分かったものではない。
今の『雄也』にはこの命一つしかない以上、リスクが高い手段は現実的ではなかった。
唯一可能性のある手段が砂上の楼閣の如く崩れ、愕然とする。故に――。
(せ、せめて誰か……)
ウェーラと同じぐらい信用でき、同等の力を持つ協力者がいれば。
そんな甘い思考が脳裏を過ぎってしまった。
正直期待できそうもない考え。
だが、他に有効な手立ても考えられず、次に『雄也』は世界中を巡ることとした。
己の力では既に詰んでいる事実から目を逸らすように。
そうして知った現状は……。
(これが、百年後の世界?)
驚き嘆かざるを得ないものだった。
簡潔に言えば進歩がない。
百年前の技術を使用し、百年前に見たままの生活水準で日々を送っている。
本当は時間跳躍などしていなかったのではないかと思う程だ。
だが、それはない。この世のどこにもウェーラがいないのだから。
そうした彼女の死の延長線上にある世界にあって、人々は安穏と暮らしていた。
調べた限りでは百年前に不自然な形で唐突に戦乱は終結し、それに関する国家間の補償も何もないまま、まるで戦争など最初からなかったかのように社会が形成されている。
種族間にあったはずのわだかまりなど、欠片も感じさせない。
(……気味が悪いな)
勿論、百年もあれば人の心は変わるものだ。
しかし、こうした状況に反感を抱く者が一人も見当たらないということはあり得ない。
元の世界とて、生まれる前の戦争を引きずっている人間がごまんといるのだから。
この世の全てが一斉に同じ方向を向いているかのような様相は不自然極まりない。
それこそ平和という名の劇を演じる人形のようだ。
とは言え、単なる感覚でそう断じるのは不当なレッテル貼りでしかない。
故に精神干渉の魔法によって内面を覗き見て、人々の心を確認したのだが……。
(意思と呼べるものが、ない。ただ社会を構成する存在としての行動規範があるだけだ)
そうした結果が得られただけだった。
これでは本当に人形、と言うよりもプログラムで動くロボットのようだ。
当然、『雄也』は状況を変えられないものかと魔法で意思を取り戻させようと試みた。
が、既に失われた人格、現時点では恐らく大多数において生まれた時から備わってはいないだろうものを修復することは不可能。
できることと言えば、精々新しい行動規範をつけ加えるぐらいのものだった。
誰の頭を覗いても同じような状態を前にすると、彼らの生活そのものへの気味の悪さが尚のこと増してしまう。
いっそ嫌悪感とでも言った方がいい程に。
(こんなものを自由意思ある人間とは、間違っても言えない。協力も望めない)
進化の因子を付与すれば、あるいは意思を取り戻させることは可能かもしれない。
だが、下手をすると再び女神アリュシーダが顕現してしまう可能性がある。
現時点ではこれだけは避けなければならない。
残るは実験材料とするぐらいのものだが……。
そうするにしても、安寧の中にあったせいか生命力と魔力が全体的に劣化している。
大した成果は得られないだろう。
(……念のため、手を入れておくか)
利用するに足る最低限の力を維持させるために、力の強さを第一とした価値観を植えつけておくことにする。焼け石に水だとは思うが、多少なり劣化が抑えられればいい。
(けど、こうなると――)
協力者を得られない以上、己を成長させていくしかない。
(いや、最初から、本当は分かってたことだ)
そもそも進化の因子を与えたところで、今の『雄也』と同等レベルの力を持つには至らない。MPドライバー摘出のために『雄也』に干渉できるはずもないのだ。
この行動は、悲観的な未来予測に対する現実逃避でしかなかった。
そして、これからの行動もまた。
(……新しい魔動器が必要になるな)
予測される成長速度から目を逸らし、とにかく残された手段を実行に移す。
作るべきは可能な限り老化を抑制しながらも、単純な鍛錬以上に体に負荷をかけることができる魔動器だ。が、更にその前提として『雄也』の肉体に影響を常時及ぼすことができるだけの魔力を得なければならない。
そのために『雄也』はウェーラの知識を用い、アテウスの塔を再建することとした。
ただし、かつてのそれと同じ形では余りにも脆弱であるため、形は変更しておく。
女神アリュシーダでなくとも、何かの拍子に破壊されて機能停止しては話にならない。
そのためにも塔の部分をダミーとし、本体を地下の広範囲に作ることにする。
星が破壊されでもしない限り、機能し続けるように。
そうやって逃避から生じる焦燥感を隠すように昼夜問わず活動し、『雄也』は数年かけてアテウスの塔を再建した。その中心に己の体を改質するための魔動器を設置する。
それから追い立てられるように酸素カプセル状のそれの中に入り、ひたすら耐えるように日々を過ごしてく。
(くそ、足りない。足りない)
老化抑制のため、活動時間は極めて少ない。
客観時間と主観時間の乖離は単純計算で数倍というところだった。
それを合わせて尚、予測では延命は精々二千年程度。
既にこの世界の誰も追従できないレベルにある生命力と魔力に逆に妨害され、老化抑制の魔法が思うように機能してくれない。
(駄目だ。足りない。足りない!)
そんな中で成長の度合いを確認しても、結果は当初の予測通り微々たるもの。
数日単位ではなく、数ヶ月単位でなければ気づくことができる程のものはなかった。
客観時間で五十年程度かかっても目標からすれば軽微な変化でしかない。
残り時間から逆算すると絶望するしかない事実を前に、現実逃避することも叶わず徐々に徐々に精神的に追い込まれていく。
心を落ち着けようと外界に目を向けても、五十年進歩のない世界を目にすると尚のこと苛立ってしまう。正直、気が狂いそうだったが……。
(それでも、それでも俺は)
ウェーラとの約束だけを心の支えとして、単調な日々に耐え続けていく。
百年。二百年。三百年。四百年。五百年。
自身の成長は相変わらず遅々としたもの。
文明の方も、それだけ時が過ぎても何の進歩もなかった。
しかし、『雄也』がつけ加えた行動規範の影響が人類規模で広まったのか、ほんの僅かながら社会には変化が生じていた。
基人は戦闘力に乏しい種族として認識され、また、各種族それぞれにおいて強い血筋を残すためにあやふやになりかけた国の枠組みもハッキリしたものに戻っていた。
とは言え、それだけだ。これは進歩ではない。
追加の行動規範で個人間に細かな諍いが生じても、決して社会を揺るがすような事件が起こることはない。女神アリュシーダの祝福などと呼ばれ始めた干渉の影響力が勝り、結局のところ大きな枠組みでは何ら影響を及ぼしていないのだ。
人口比率が薄気味悪い程に一定な辺り、もはや呪いと呼んだ方がいいかもしれない。
そうした、まるで歯車で動いているかのような世界には苛立ちが募る一方だった。それに伴い、そこに生きる者達への感情は怒りに近いものへと歪んでいく。
ただ、感情のまま干渉しては女神アリュシーダを呼び覚ます原因となりかねない。
故に変化を強く求める心とは裏腹に、社会に干渉することはできなかった。
そして六百年。七百年。八百年。九百年。
淡々と猶予が減っていく様に、精神が追い込まれていく。
(どうしたら、いいんだ)
分かっていたことだが、差が縮まっている感じが全くない。
現時点では精々街を一つ消し飛ばせる程度のものだろう。
しかし、この世界の全ての合計と同程度の力を持つであろう女神アリュシーダと対峙するためには、最低でも星を破壊できるぐらいの力は必要だ。
にもかかわらず、そこに至るまで一体どれだけの時間を要するのか見通しも立たない。
焦燥が大きくなるばかりで、押し潰されそうになる気持ちに必死に耐えることしかできない。今にも精神が摩耗し尽くし、自暴自棄に陥ってしまいそうだった。
(ウェーラ、俺はもう………………ん?)
それは彼女と過ごした時代から千年という区切りもあり、ほとんど限界に差しかかっていた正にそんな時のこと。
(これは、まさか)
思いも寄らない転機が訪れた。
七星王国王立魔法学院の召喚魔法の授業において、過去の自分が召喚されたのだ。
かつて時間跳躍を行う際に、傀儡勇者召喚に巻き込まれた自分を弾き出す形で過去に戻っていたが、どうやらその弾き出された方の自分がこの時代に来てしまったようだ。
ウェーラが言っていた通り、召喚の引力に引き寄せられたのだろう。
(これなら、これを利用すれば……)
そこにいるのは自分自身だ。
自分自身ならば、どう扱おうが構わない。
特撮ヒーローに似た立ち位置を用意してやれば、自ら望んで戦いに身を投じるだろう。
だから『雄也』は当初の計画を修正して実行に移すことにした。
改良したMPドライバーを与え、体を奪う。
そうすれば眼前にある問題は一先ず解消する。
時間の制限は取り払われ、ただ遥かな高みを目指すことができる。
異なる自分を犠牲にすることで。
心の奥底ではそれがどれだけ歪なことか理解していたが、千年近く続いた焦燥はそれを覆い隠し、何よりも光明が見えたことによって目を背けてしまった。
そうして、まずは一回目。
己の趣味に合わせてマッドサイエンティストを演じながら改良したMPドライバーを自分自身に与え、即座に体を奪おうとした。
(いや、待て。この弱々しい体で今の俺の力を受け入れられるのか?)
その懸念からまず可能な限りの魔力吸石を吸収させて様子を見ることにした。
結果、予測通り急激な変化に耐え切れず、体が崩壊してしまった。
(一定レベルまで成長させた上で奪わないといけないようだな。……過去に戻ろう)
自分自身が同じ時間軸に二人存在しても不具合が生じなかったことから、同一人物との邂逅は問題ないと判断し、一年程度の時間跳躍を行う。
そこで過去の焦燥に塗れた自分を取り込んで、再び召喚されてくる自分を待った。
それから二回目以降。
『雄也』は超越人へと変化させた意思なき者達を利用して、自分自身に試練を課した。
効率を高めるために手を変え、品を変え、一定の強さを得た段階で体を奪う。
(六属性の魔力を強化するため、六種族の人間を配置した方がいいな。モチベーションを上げるためにも少女がいいだろう)
途中から各種族の優れた少女を周囲に配置し、それに矛盾が生じないように歴史や関係性を調整する。記憶も物的証拠も、『雄也』程の魔力があれば捏造は容易かった。
(五秒前にできた世界のように)
そうやって女神アリュシーダの目を擦り抜けつつ、それ(・・)を打倒するのに最も都合のいい世界へと少しずつ作り変えていく。
嘘も真も感傷も織り交ぜて、異なる自分を強化するためのイベントを用意していく。
その中で『雄也』は、女神アリュシーダやネメシスの出現条件を見極めながら、少しずつ着実に己の力を増大させていった。
そうして現在。
しかし、未だ女神アリュシーダには届かず、時間跳躍の回数は千を優に超えていた。
それでも、一度諦めかけたことを己への強い戒めとし、ウェーラとの約束と己の信条を守り通すために繰り返し続けていく。
もはや、どれ程の犠牲を払おうとも構わない。それだけの覚悟を決める。
故に『雄也』が立ち止まることはない。
いつか女神アリュシーダを打倒し、人類の自由を取り戻すその日まで。
あるいは……。
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