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【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~  作者: 青空顎門
第六章 心と体繋がれば

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第三十話 巨塔 ②身を捨ててこそ

 特オタ、前回の三つの出来事!

 一つ。情報を集めるも有用なものはなく、雄也達のみで立ち向かわんと訓練場に向かう!

 二つ。空の光へと百パーセントの力をぶつけるが、押し留めることすらできずに終わる!

 三つ。アサルトレイダーを犠牲にしてまで攻撃を放つが、それも失敗し、万策尽きる!

(どうする? どうすればいい?)


 じわじわと近づいてくる空の光。

 雄也はそれを見上げながら、しかし、何もできないまま必死に思考を巡らしていた。

 少し離れた地面にはバラバラになってガラクタと化したアサルトレイダー。

 雄也を含めた七人分の収束した魔力を束ね、更にこの魔動器を用いて底上げをしてまで放った一撃が全く効かなかった事実が重い。

 転移も〈テレパス〉も通信も封じられ、その上時間もない。


(今からできることなんて……)


 恐らく地表に到達するのは、長く見積もっても数十分後。

 しかし、地上に影響が出始めるのは十分強というところだろう。

 その時点で多くの人々は命を失い、生き長らえても地獄の苦しみを味わうことになる。

 だが、それまでの時間で己を鍛え直すことなど到底不可能だし、魔動器を作って貰うのも非現実的だ。それ以前に、どう対処すればいいのかも分からない。

 余りにも単純な闘争(ゲーム)過ぎて、逆に搦め手を使う余地もない。


(死……?)


 考えれば考える程に危機感が大きくなり、最悪の結末が脳裏を埋め尽くしていく。

 リミットが目に見えて迫っているが故に、胸に渦巻く焦燥は真獣人(ハイテリオントロープ)リュカと戦った時と比べものにならない。

 何せ、時間を稼ぐ術すら欠片も思いつけないのだから。


(まずい……まずいまずいまずい! これは、本当にまずい!)


 全く以って役に立たない考えばかりが脳裏に浮かび、思考が空回りを続けてしまう。

 もっとも、たとえ冷静さを保つことができていたとしても、それで解決策を得られたかと言えば怪しいところだが。

 この状況では。


「……ユウヤ。……ユウヤ!!」


 と、動揺の極みにあった雄也の意識を引き戻そうとするように、アイリスが腕を取って強く呼びかけてくる。


「ア、アイリス……」


 それによって僅かながら視野が開け、雄也は彼女に目線を合わせた。


「……落ち着いて」


 アイリスは硬く握り締めていた雄也の手を開くと、指と指を交互に絡ませてきた。

 俗に言う恋人繋ぎだが、状況的に甘い気配など皆無だ。

 感じる僅かな震えは彼女の内心を表している。

 それに気づき、雄也はハッとして繋いだ手に力を込めた。

 そうしながら、その場の全員を見回す。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん……」

『もう、手立ては……』


 理論派の双子は一足飛びで結論に至ってしまったようで、絶望したように力なく呟く。

 同じく頭の回転が速いラディアもまた、黙して視線を下げていた。


「ま、まだ何か手があるはずですわ!」

「そうだよ。最期まで諦めちゃ駄目だって!」


 プルトナとフォーティアはそう叫ぶが、声色は悲愴感に塗れている。

 自分の感情を誤魔化そうとしていることが、ありありと分かる。

 それを証明するように二人の言葉はそれ以上続かず、彼女らからは声を出そうとして出せないような儚い息遣いだけが聞こえてきていた。

 双子やラディアに遅れて現実から目を逸らし続けられなくなり、虚勢を張ることも敵わなくなってしまったのだろう。

 そして少しの沈黙の後。


「こ、こうなったら……ユウヤさんだけでも、逃げて、下さい」


 迫り来る死への恐怖を強く滲ませながらイクティナが言う。


「イーナ!? 何を――」


 馬鹿なことを、と雄也は続けようとしたが、彼女はそれを遮って強く訴えかけるようにアイリスとは反対側の腕を取ってきた。


「あのドクター・ワイルドに対抗できるのは、六属性の魔力全てにおいて最強クラスのユウヤさんだけ、ですから」

「いや、けど……」


 今正に無力さを突きつけられている状況で最強などと言われても、正直空しく響くばかりだ。が、イクティナの論は、今発せられた言葉の上では一定の理屈が通ってはいる。

 感情面では到底容認できるものではないが。


「ユウヤさんが生き残らなければ、世界は奴らの思うがままになってしまいます」

「……順当に生き残った方が、奴らの思い通りになる気もするけどな」


 雄也達を成長させた上で、その力を何かに利用する。

 それがドクター・ワイルド達の目論見ならば、そうなる前に命を落としても彼らの企てを邪魔する結果になりはするだろう。

 状況に心が屈しかけ、そんな本来なら消極的が過ぎる考えが口から出てしまう。


「それじゃ駄目です! それじゃ結局別の誰かが新しい駒になって、繰り返されるだけです! 死んで時間稼ぎになるのは、精々私達だけです!」

「ば、馬鹿なこと言うな!」


 雄也の呟きに対するイクティナの主張に愕然とし、今度こそそう告げて否定する。


「私は大真面目です! ユウヤさんこそ馬鹿なことを言わないで下さい!」


 と、イクティナは極限状態にあって躁に近い精神状態になってしまっているのか、普段の彼女からは考えられない強い口調で言葉を返してきた。

 思い返せば、いつだったかアイリスと共に超越人(イヴォルヴァー)に襲われていた時のイクティナは、傷つき倒れたアイリスを己の命も顧みずに庇おうとしていた。

 進退窮まったその時には、己よりも他者を優先する。

 それがイクティナの本質なのだろう。


「……空に比べれば、横方向は比較的弱そう。私達が(Linkage)(System)デバイスで補助したユウヤなら、全力で突っ切れば何とか出られるかもしれない」


 と、アイリスがイクティナに同意するように言う。

 仲間をこの地に残すことを前提とした方法。

 彼女もまた、もはやそうするしかないと考えているようだ。

 が、その言葉とは裏腹に雄也の腕を掴む手は縋るように力が込められていた。

 自殺願望や英雄願望がある訳でもなし、誰も本心から自己犠牲を望むはずもない。


「駄目だ」


 それに気づいてしまっては、尚のこと彼女達の言う通りにすることなどできない。

 何より――。


「空のあれもどうにかできない奴が逃げ出したところでどうにもならない。ドクター・ワイルド本人は、絶対にあれよりも強大な力を持っているんだから」


 よしんば、この檻から逃げることができたとしても、隠れ潜んで機を窺う間もなく殺されてしまう可能性の方が高い。

 もはや駒としての価値をなくしたとして。


「……けれど、だったらどうするの!?」


 駄々をこね続ける子供を前にしたように、珍しく感情を顕にするアイリス。

 そんな彼女の問いに答えず、雄也は目を閉じた。


「〈ワイドエアリアルサーチ〉」


 そのまま風属性の魔法を使用し、訓練所を越えて周囲の様子を探ろうとする。

 とは言え、〈テレパス〉や通信を妨害している魔力的な断絶の影響下。

 本来街全体を探知可能なところ、賞金稼ぎ(バウンティハンター)協会付近が精々だったが。


(……酷いもんだな)


 それでも一般的な人々の状態の一端ぐらいは分かる。

 協会に入る前より明らかに近づいてきている空の光を前にしては、賞金稼ぎ(バウンティハンター)達もさすがに民衆を抑え続けることができず、協会の中も怒号が飛び交っていた。

 ドクター・ワイルドは彼らの阿鼻叫喚をアテウスの塔再起動の号砲とするなどと抜かしていたが、その言葉通りの状況だ。

 強烈な恐怖が転じた理不尽への怒りが、ヒシヒシと伝わってくる。


(アイリス達だけじゃない。俺の憧れたヒーロー達は、ああいった人達を残しておめおめと逃げ出すことができるような存在だったか?)


 所詮はフィクション。ストーリーの展開から逆算して約束された勝利へと製作者に導かれているに過ぎない。とか、そんなメタな視点は一切捨てて自問する。

 あの世界で生きる彼らは、勝てるから戦っていた訳ではない。

 純粋な気持ちで設定と映像を見れば分かる。

 彼らは己の信念を最後まで貫くためにこそ、たとえ相手が全く勝ち目のない敵であっても立ち向かっていったのだ。


(異世界召喚付属の精神干渉が解けた後、囚われたアイリスを助けようとした時のことを思い出せ。あの時の俺ですら、勝てそうだから敵に挑んだ訳じゃなかっただろ?)


 一手間違えれば死ぬかもしれない恐怖を抑え込みながら。

 むしろ今よりも憧れたヒーローに近い心持ちで戦っていた気がする。

 それが、闘争(ゲーム)と名づけられた戦いを何度も繰り返したことで、いつの間にかその名の通りゲーム感覚になっている部分があったに違いない。無意識の部分で。

 攻略法が必ずあるという油断が、回数を重ねるごとに大きくなっていたのだ。

 その時その時、同じことで後悔し、己を戒めてきたはずなのに。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間と言うべきか。


「ユウヤ。時間がない」


 と、ラディアが抑揚を抑えた低い声で呼びかけてくる。

 本来は内に秘めた幼い外見相応の弱さを隠して強がるように。


「迷っているなら、私達の言う通りに――」

「迷っては、いません」


 そんな彼女の続く言葉を遮って、雄也は強い気持ちを持って告げた。


「今正に自由を奪われようとしている人々を見捨てて逃げたら、俺は二度とヒーローへの憧れを口にできなくなります。そんな自分を、許すことはできません」


 それは特撮オタクとして生きてきた人生を自ら否定することに他ならない。

 そんなことを許容する訳にはいかない。

 他人から見れば馬鹿なことと思われるかもしれない。

 だが、特オタであることは己の根幹をなす、切り離すことのできない要素なのだ。

 そうでない自分はもはや自分であって自分ではない。


「それに、大切な仲間を置いて逃げ出すような情けない姿を、皆に見せたくないですし」


 愛すべき女の子達の前だから尚更のこと。

 男の意地という奴でもある。


「だが……」


 雄也の言葉を聞いてもまだ、ラディアは納得し切れない様子を見せる。

 恐らく彼女達は彼女達で、そうやって雄也を逃がして死ぬことができれば多少は恰好がつく、心の整理がつく、という部分もあったのだろう。

 だが、それは雄也の意思を完全に無視した考えだ。

 そして、そうであるにもかかわらず、それは彼女達の譲れない本心という訳でもない。

 ラディアが「迷っているなら」と前置きしていたように。

 そもそも――。


「逃げたところで待っているのは死です」


 今の雄也達に考えられ得る限り、結末は変わらない。


「後はもう、どう死ぬかの問題。だったら、俺の自由にやらせて下さい。お願いします」


 生と死の崖っぷちどころか完全に踏み外して、ようやく覚悟が決まった気がする。

 開き直りと言った方がいいかもしれないが。


「……伴侶のやりたいことをさせて上げるのも、一つの甲斐性かもしれない。私だって本当はユウヤと最後まで頑張りたいし」


 と、頭を下げて頼んだ雄也を前にして真っ先にアイリスが折れる。

 半分呆れ半分諦めを滲ませた声と共に。


「……けれど、ユウヤはどうしたいの?」


 そのまま彼女は再び、今度は感情を荒げずに尋ねてきた。

 静かな口調は真剣さが滲んでいる。

 ある意味命を賭した質問。故に、真摯に本音を答えなければならないと強く思う。


「自由を奪う理不尽に、最後まで立ち向かいたい」


 だから、雄也は自分自身にも強く言い聞かせるように答えた。


「……そう。なら、私は最後までユウヤにつき合う」


 アイリスは一つ頷くと、他の面々にどうするか問うように彼女達を見回した。


「人の自由を奪う者を許さない。そう言えば、いつもそんなこと言ってたっけ」

「確かにそうした方がユウヤらしいと言えばらしいかもしれませんわ」


 対してフォーティアとプルトナがまず理解を示す。


「それでお前が納得できるのならば」

「結果が同じなら……」『兄さんの望んだようにするのが一番かも、ね』


 更にラディアと双子が続くが、対照的にイクティナは俯いたままでいた。

 できれば彼女にも納得して貰いたいところだが、そろそろ時間がない。

 空の光から漏れた膨大なエネルギーが熱という形で届き始めている。

 数分で地上は灼熱地獄となるだろう。


「……ユウヤ、私達にできることはある?」

「後ろで、見守っていてくれ。それが支えになる」


 アイリスの問いに振り返って答え、それから空の光を睨みつける。


「〈エアリアルライド〉」

《Convergence》


 それから雄也は風属性の魔法を用いて浮かび上がりつつ、魔力を収束させた。


「一分一秒でも、あれが落ちてくるのを防いでやる」


 もう後先は考えない。自分の身も顧みない。

 捨て身。

 たとえ、あの光に焼き尽くされる前に全身全霊を使い果たそうとも構わない。

 それぐらいの気持ちで挑めば、あるいは本当に、落下までの時間を僅かなりとも引き延ばせるかもしれない。


「〈六重(セクステット)強襲(アサルト)過剰(エクセス)強化(ブースト)〉」


 だから、己の限界を超えた身体強化を施し、抑えつけた恐怖心が躊躇を呼び起こす前に一気に空を翔け上がる。

 そうして雄也は、終末を感じさせる虹色を湛えた光へと真正面から突っ込んでいった。

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