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【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~  作者: 青空顎門
第六章 心と体繋がれば

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第二十七話 苦悶 ②応急処置

 特オタ、前回の三つの出来事!

 一つ。アイリスの呪いに関わるペナルティが何か探る中、彼女の態度に違和感を抱く!

二つ。次なる闘争(ゲーム)に備え、双子が(RapidCon)(vergence)リングと(Linkage)(System)デバイスを全員分作り始める!

三つ。夕食の際、食が進まないアイリスを問い質し、味覚と嗅覚が失われたことを知る!

「い、命に、関わる?」


 絶句して閉ざしていた口を何とか開いて、確認するようにラディアの言葉を繰り返す。

 先程までのアイリスの様子からすると実感が湧かず、戸惑いしかない。


「その通りだ」


 そんな雄也に対して、ラディアは聞き間違いではないことを示すように深く首肯した。


「味覚と嗅覚……不便だろうけど、直接それで死に至るとは思えないですけど」


 と、横で聞いていたフォーティアが困惑したように意見を述べる。

 全員の顔を見回した限り、イクティナやプルトナは彼女と同じ気持ちのようだ。

 が、メルクリアはラディア寄りの意見なのか深刻そうな表情を浮かべていた。

 理論派の双子がその反応であることに胸騒ぎが大きくなる。


「ラディアさん……その根拠は?」


 その感覚を抑え込もうと、努めて冷静を装いながら雄也はラディアに尋ねた。


「見ただろう?」


 問いに問いで返す彼女の視線は、アイリスが残した食事に向けられている。

 アイリスが食欲を失い、まともに食べることができなかったことを言っているようだ。

 人間が食べものの味を判断する材料としては、味覚だけでなく嗅覚も大きな割合を占めている。と言うか、むしろ嗅覚の方が重要な役割を担っているそうだ。

 鼻を摘んで嫌いなものを食べた経験があれば、実感を伴って納得できるだろう。

 故に、この二つの感覚を失っては食欲が失せるのも無理もない話ではある。

 たとえ空腹状態であったとしても。


(……えぐい真似を)


 三大欲求の一つをピンポイントで潰しにかかっているとしか思えない。


「あの状態が続けばどうなるかなど、想像に容易かろう」


 直接的な物言いをしたくないのか、ラディアはやや迂遠にそう結論する。

 こちらとしてもアイリスが死ぬなどとは口にもしたくない。


「確かに栄養補給ができなければ、いずれは……けど――」


 何より、余りにも突然大事な女の子の生き死にに関わる問題が持ち上がったため、何かの間違いであればと縋るような気持ちが先立って受け止め切れずにいた。


「に、人間それ程すぐには衰弱しないはずですわ」


 それはアイリスの幼馴染であるプルトナも同じようで、彼女は雄也の言葉を引き継ぐように反論する。


「何より、その、たとえ味と匂いがなくとも我慢して食べれば問題ないでしょうし」


 プルトナの言う通り、どんな形でも胃に入れてしまえば栄養を取ることはできる。

 そうすれば栄養失調で死ぬような事態には陥らないはずだ。

 しかし……正直その論は脆く弱々しい。

 その切羽詰まった表情を見る限り、雄也だけでなく言った本人であるプルトナもまた内心では同じように考えているようだ。


「そうだな。それができれば、な」


 ラディアはそんな雄也達の感情を読み取ったように、意味深長な形の同意を口にした。


「えっと、できれば、ってどういうことですか?」


 すると、そうした中途半端な返答にイクティナが首を傾げ、疑問を呈する。


「イーナ。お前は味も匂いもないその量の料理を三食毎日食べることができるか?」

「あ…………それ、は……」


 ラディアに尋ねられ、イクティナは口を噤んで視線を目の前の料理に落とした。

 この世界では食事の量は生命力に応じて増減する。

 かつては元の世界の平均的な量しか食べなかったイクティナも、今ではその十数倍を食べるのが常だ。つまりは雄也もそれぐらいだし、アイリスもまたそうだ。

 あるいは元が小食だったがために、我慢して無理矢理食べなければならない量についてイクティナはすぐ気づけなかったのかもしれない。


(しかし、これをか)


 雄也もまた、己の常識からすると十人分は残っている料理に目を向けた。 


(さすがにこれは……)


 匂いも香りもないものを、この量だけ食べ続けなければならない。

 それは想像するだけでも辛い。

 どこかの誰かが「給食を残さず食べましょう」は拷問だと評していたが、それ以上に酷な状態と言わざるを得ない。量が尋常ではないのだから。


(せめて栄養の消費が常識的な量だったら、点滴って方法もあったかもしれないけど)


 それもハッキリ言って現実的ではない。

 そもそも、この世界では魔法があるおかげで、傷病によって栄養の経口摂取が不可能になるような状態は極めて少ないのだ。

 故に点滴という手法は発達しておらず、点滴液もほとんどない。

 まして常識的な量でアイリス程の生命力を持った人間の必要分を満たすだけのものとなると、存在しようはずがない。そんな濃縮液は元の世界でも存在するか怪しい。

 作れないのではなく、体の処理能力の問題で作らないだけかもしれないが。


「そして栄養をまともに摂取できないとなれば、一気に衰弱しかねん。生命力が強ければ強い程に、消費するエネルギーも莫大なものとなるからな」


 更にラディアは深刻な口調で告げた。

 どうやら生命力が弱い人間の方が逆に飢餓には強いようだ。

 農作物すら魔法で量産している世界なので、食糧不足になることはなさそうだが。

 意図的に兵糧攻めをされるぐらいでなければ。


「命に関わるとなれば尚のこと、無理矢理にでも食べて何とかするしかないじゃないですか。背に腹は代えられませんし」

「だが、体が受けつけないということもある。本人がどれだけ生きたくともな」


 フォーティアの言葉にラディアは首を横に振りながら答え、そのまま続ける。


「千年前の戦争期。実際に似た事例があったと聞く。最も効率のよい拷問方法の研究の中でな。闇属性魔法の精神干渉で疑似的に味と匂いを感じられなくしたそうだ」

「そ、それは魔人(サタナントロープ)が?」


 恐る恐るという感じでプルトナが問う。闇属性の魔法というところで、同族がそのような残虐な研究をしていたのかと憂慮したのだろう。


「いや、基人(アントロープ)だ」


 その答えにプルトナは一瞬ホッとしたようだが、一応は基人(アントロープ)に分類される雄也の手前そんな感情を抱いたことに引け目を感じたようだ。申し訳なさそうな目を向けられる。

 とは言え、異世界人である雄也としては、生物学上基人(アントロープ)だとしても同族意識はそこまで強くないので気にはならない。そう目で伝えておく。


「昔の話だ。余り気にするな」


 そんなやり取りを察してか、ラディアは一旦フォローを挟んだ。


「実際、当時の基人(アントロープ)は生命力、魔力共に今の比ではなかったそうだからな。加えて、悪知恵も働いたとも聞く。もっとも生命力は他の種族に比べれば低かったそうだが」


 よくも悪くも元の世界の人間らしい性質が表に出ていたのだろう。

 そして、悪い方に発現したものの一つが拷問の研究と言う訳だ。


「話が逸れたな。ともかく、過去の記録によるとそのような状態に陥った者は、たとえ毎日まともな食事を与えられていても食欲を失い、衰弱死してしまったそうだ」


 ラディアは最後に「生命力の大小に関わらず、な」とつけ加えた。

 アイリスよりも生命力が下ならば(捉えられて実験材料にされる者が今の彼女より生命力が優れているはずがないが)飢餓への耐性は強いはず。

 食べる量も少なくて済むのだから、無理矢理食事をして生き長らえることも比較的容易と言える。にもかかわらず、耐えられなくなってしまったのは、ラディアの言う通り体が拒否してしまったからとしか考えられない。


「……思った以上に危険な状態ってことですね」

「うむ。すぐさま対策を立て、行動に移さなければならん」


 雄也の呟きに同意して、ラディアは深く頷く。


「けど、根本的な解決策としては呪いを解く以外ないですよね?」

「それはその通りだ。だが、そのためにはユウヤの力を完成させなければならん。現実問題、今まで通りのやり方で即座に魔力吸石を集め切れると思うか?」


 雄也はラディアの問いに沈黙で答えた。

 光属性の魔力吸石を集め始めてから三ヶ月弱。

 現時点の回収量は、MPドライバーが要求する量の四割程度というところだ。


(今のままのペースじゃ、まだ四ヶ月以上かかる)


 それだけ長い間、アイリスが耐えられると考えるのは楽観が過ぎるし、仮に耐えられたとしても苦しませ続けることになるのは余りにも酷だ。

 だからと言って、即座に状況を変える術はない。少なくとも雄也の頭の中には。

 手元にある分だけでは精々Aクラス相当の魔力しか出せない以上、どうあっても魔力吸石を得なければ解決を図ることなどできはしない。

 しかし、基本的に魔力吸石は魔物や魔獣を討伐して得るものであり、その発生数には限度がある。雄也が望んで増える訳でもない。

 一般的な賞金稼ぎ(バウンティハンター)が狩る分を奪ったところで誤差の範囲だ。


「単位時間当たりの回収量を変えられないのなら、刻限を伸ばすしかない」

「刻限……って、それはアイリスの精神力に任せるってことですか?」


 ただでさえ酷い状態に陥っているにもかかわらず、その上で更に負担を増やすようなことを強いたくないところだが……。


「勿論アイリスには耐えて貰わなければならん。当然のことだ。アイリスが生きようとしなければ何も始まらないのだからな」


 ラディアはそこまで言ってから「だが」と少し強めに前置いた。


「それに任せて終わりにするような不義理な真似をするつもりも毛頭ない。……四ヶ月もの間、それだけで持つとは正直思えんからな」


 理屈だけで成り立たないのが人の体だ。

 考えたくなくとも最悪を想定しておかなければならない。


「具体的に、何か考えがあるんですか?」

「うむ。まず、食べ易く食感のいい料理を作って食べさせること、だな」

「…………成程」


 問いに対する彼女の答えに納得する。

 確かにそれならば雄也達にも不可能ではないし、アイリスのサポートにもなる。

 言い方が悪いが、味が分からない以上繊細な味つけは必要ない。

 栄養と食べ易さだけを考えればいいのだから。


「先程話した拷問の研究において、ゼリーのような流動性の高い食べものを多く与えられた者は他の者よりも長く生き残ったという記録もある」


 噛む回数が少なければ少ない程、味覚や嗅覚がないことによる悪影響は小さくなるだろう。流動食が有効なのは間違いない。とは言え――。


「時間稼ぎにはなるだろう」


 どこまで行っても量がネックだ。

 如何に食べ易くとも恐らく一般的なバケツ十数杯分にはなるはずのそれのみを、長期間三食毎日食べ続けるのは厳しい。

 魔力吸石収集は速やかに完遂させるに越したことはない。


「まずってことは、他にも案があるんですか? 先生」


 と、横からフォーティアがそう尋ねる。

 ラディアの口振りからするとそういうことになるが……。


「もう一つだけ、あるにはある」


 問いに対して少し躊躇い気味に返したラディアは、僅かに間を置いて再び口を開いた。


「これは最悪の場合だ。もしアイリスがいよいよ限界となったら、私の体から光属性の魔力吸石を摘出し、ユウヤに渡す。そして、それを加えてアイリスの呪いを解くのだ」

「なっ!?」


 そして告げられたラディアの言葉を前に、フォーティアが驚きを顕にする。


「そんなことしたら、変身できなくなるどころか魔法も使えなくなっちゃいますよ!」

「何、全てが終わったら返してくれればいい」

「そんな、簡単に言いますけど……」


 深刻なことではないかの如く軽く言われ、戸惑い気味に困った顔をするフォーティア。


「取り出したり戻したりできるのなら、それこそ今すぐやるべきなんじゃないですか?」


 続いて彼女と似たような表情を浮かべながら、イクティナが首を傾げた。

 確かに本当にそれができるなら、その時点で解決だ。魔力を借りる訳ではないので、今回ドクター・ワイルドが示したルールに抵触しないはずだろうし。

 実質的には魔物から回収した魔力吸石と何ら変わらないのだから。

 そう考えると、何故ギリギリまで待つのかと疑問が浮かぶ。


「む……それは……」


 言いたくない理由があるのか、ラディアは言葉を濁して口を噤んだ。


「元に戻せる可能性は極めて低いから、でしょう? 先生」


 そんな彼女の代わりに、やや怒った口調で断定するようにクリアが問う。


『先生自身の魔力吸石を取り出すことは不可能じゃありません。先生の場合は自分の魔力吸石だけで腕輪の力を解放したんですから。けど、お兄ちゃんのMPドライバーに吸収させた魔力吸石を分離するのは……多分無理です』


 それに対してラディアが何か答える前に、メルが推測を述べた。

 つまり、この方法を実行すればフォーティアが言った通り――。


「アイリス姉さんが助かる代わりに、先生が魔法を使えなくなる可能性が高いです」


 そういう結果に繋がってしまう訳だ。


「分かっている。だが、アイリスの命には代えられまい」

「ですけど……」


 彼女という戦力を失うことも相当な痛手になりかねない。

 それにドクター・ワイルドが別のルールを追加してくる可能性だってある。


「さっきも言ったが、あくまでも最後の手段の一つだ。当面はアイリスに何としてでも食事をして貰い、私達は魔力吸石を回収しつつ他の手段も考える。それしかない」

「……そう、ですね」


 魔力吸石収集が間に合えばいいのだし、それまでにもっといい案が出るかもしれない。

 中長期の対応はそれでいいだろう。


「差し当たり、問題は今日のアイリスの晩御飯だ」


 とりあえず話が一段落したと見てか、ラディアはアイリスが残した食事に視線をやる。

 さすがに一食ぐらいなら抜いても大丈夫だろうが……。


「どういう形が最も食べ易いか分からんからな。色々試して早く確立した方がいい」


 ラディアの言葉はもっともではある。


「でも、どうすればいいんでしょうか。流動食をこれだけの量買うってのも……」


 腕を組んで困った顔をするクリア。

 実際のところ、それでは王都ガラクシアスの一般的な乳幼児が困りかねない。


「……ここは俺に任せて貰えますか?」

「構わないが、ユウヤ。お前、料理ができたのか?」

「レシピ通りに作るぐらいなら……いや、今、料理の上手い下手は余り関係ないですけど」


 驚くラディアに答えながら雄也は自分の席を立った。

 そのまま既にアイリスの聖域のような台所に入り、一番大きな寸胴鍋を持ってくる。

 そして彼女の残した食事を一気に鍋に突っ込んだ。

 給食の残飯を思い出してモヤモヤした気持ちになるが、今は非常時だからと我慢する。


「に、兄さん?」


 一見すると食べものを粗末に扱う行動に、クリアが戸惑い気味の声を出す。


「〈ミクロウインドカッター〉〈ミキシング〉〈ローヒーティング〉」


 そんな妹分の反応に少しへこんでしまうが、見ていれば分かると雄也は範囲を寸胴鍋の内側のみに限定して三つの魔法を同時に発動させた。

 その鍋の中の様子を見て、クリアは「あー……」と納得はしたようだが小さく眉をひそめた。まあ、余り気持ちのいい光景ではない。

 介護食の一種であるミキサー食の魔法による再現。

 通常は噛む力が弱まった人用だが、噛む回数が少なくて済むので今回のケースにも適しているはずだ。


「クリア。アイリスを呼んで貰えるか?」


 魔法を維持しながら、流れで彼女に頼む。


「分かったわ」


 対してクリアは、素直に即答すると食堂を出ていった。〈テレパス〉を使わなかったのは、それでは来てくれないかもしれないと思ったからだろう。

 しばらくして二人分の足音が近づいてくる。

 何となく片方の足取りは重く、どちらがどちらかすぐに分かった。


「ほら、アイリス姉さん。入って」


 次いでクリアの声が聞こえ、背中を押されたアイリスが食堂に戻ってくる。

 彼女は困った顔をしながら、クリアに促されるまま自分の席に座った。


【もう今日は食べなくても】

「駄目よ。来る最中に説明したでしょ? 私も含めて姉さんも生命力が普通の人よりも遥かに強いんだから、無理にでも食べないと身が持たないわ」


 クリアはそうアイリスを諭し、それからこちらに顔を向けた。


「兄さんが姉さん用の食事を作ってくれたから」


 その言葉に驚いたようにアイリスもまた雄也を見た。


【ユウヤが作ったの?】

「作ったってレベルじゃ全然ないけど。アイリスのを更に加工しただけだから」


 そうアイリスの問いかけに少々気まずく思いながら返す。

 すると、彼女は目を瞑って考え込んだ後――。


【なら、食べる】


 空中に文字を浮かべてそう結論した。

 それを受け、深皿によそったミキサー食もどきをアイリスの前に出す。

 粉砕、撹拌中とは違い、ほぼ完全なペースト状になっているので見た目も何とか我慢できる範囲のはずだ。色は少々茶色っぽいが。

 そしてアイリスはスプーンを手に取り、それをすくって口に運び始めた。


【やっぱり味がしない】


 文句は出てくるが、何はともあれ食べる気になってくれたことに少し安堵する。

 しかし、やはり量が量だ。

 自分で言っていた通り、無味無臭のものを胃に流し込み続けるのも楽ではない。

 元の世界の二、三人前程度を飲み込んだところで、彼女はスプーンを置いてしまった。


【もう無理】

「……もうちょっと何とかならないか?」


 給食の完食を強要しているかのようで嫌な気分だし、自由を尊ぶ信条的に正直強制などしたくはない。が、ことは命に関わるので半ば懇願するように問いかける。


【大分きつい】

「何か、こうすれば食べられるってことはないか? 何でもするから」


 俯き気味で冴えない顔をするアイリスに、酷だと思いつつも再度尋ねる。

 すると、割と余裕のなさそうな今の彼女の状態でも「何でもする」という部分には反応できたようで、顔を上げて本当かどうか確認するようにジッと見つめてきた。

 そんな彼女に本気であることが伝わるように、真っ直ぐ見詰め返す。

 その視線を受け、アイリスは仄かに頬を赤らめながら文字を改め始めた。


【ユウヤが食べさせてくれるなら、もう少し頑張る】

「分かった」


 内容を見て、少々恥ずかしく思いながらも顔には出さないで即答する。

 今回ばかりは羞恥心など二の次だ。


「ほら、あーん」


 全く躊躇ない雄也の返事にアイリスが驚いて呆けている間にスプーンを手に取り、即座にペースト状のそれをすくって彼女の口元に持っていく。

 アイリスは自分から言い出したにもかかわらず、ハッキリ分かる位に肌を紅潮させながら口を開いた。

 自分からするのはいいが、されるのは恥ずかしいらしい。

 とは言え、実際して欲しかったことであるのは間違いないようで、彼女は何だかんだと嬉しさも滲んだ表情で再び食べ始めた。


(皆から見られながらなのはあれだけど……)


 状況が状況だけに誰も茶化さずにいてくれたのは助かった。

 おかげで落ち着いて繰り返すことができる。

 それから、いつもの何倍の時間をかけて食事を続け――。


【もうお腹一杯】


 彼女の言葉を信じて夕食を終えた。

 結局五分の一程度残ってしまったが、これはゆっくり食べたせいで満腹中枢が刺激された結果に違いない。少なくとも今日のところは。

 もう少し効率のいい方法は考えなければならないだろうが、一先ずこれを続けて行けば時間稼ぎにはなるはずだ。そう信じる。


【ありがとう、ユウヤ】


 しかし、やや苦しげな笑みを浮かべながら文字を作るアイリスの姿はどこか儚げで、たとえ理由があろうと完食できなかったことも相まって、雄也の不安は心の中から消えることはなかった。

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