冬の嵐
朝から怪しい曇天だったが昼過ぎにはバラバラと大きな雨粒が降り始め、風も強くなってきた。今日もアスワドは魔法省に出向いている、後3日でいよいよ本番なのだ。一時はやる気をなくしかけていたアスワドだが思い直して予行練習に励んでいた。
ガチャリと離れの扉が開いて主人が帰って来た。しかしその顔は蒼白で身体も雨に濡れている。カタリナは慌ててタオルを持って走りアスワドの濡れた身体を拭き始める、そこへ彼から制止の合図が入る。
「大丈夫、濡れてるのは外套だけだから。」
そう言って外套を脱ぐとタオルを取り顔と頭を拭く。
いつもと様子の違うアスワドにカタリナの不安が募る。彼の顔はとても真っ青なのだ、一体魔法省で何があったのだろうと気が気ではない。
「アスワド様、湯浴みの準備をしてまいりますね。少しお待ちください。」
「僕がするよ、湯を沸かすなら魔法の方が早い。」
「は、はい。そうですね、では着替えをお持ちいたします。」
慌てて2階に駆け上がるとアスワドの着替えを持ち浴室の入り口に置く。胸騒ぎがする・・・カタリナは自分も雨に濡れたかの様にブルっと身震いをして暖炉に薪をくべる。
湯浴みを終えたアスワドがやって来てやはりまだ悪い顔色のまま暖炉の前に座り込む。カタリナが熱いお茶を淹れて彼に差し出すと僅かに微笑んでそれを受け取る。部屋の中には打ち付ける激しい雨風の音と時々爆ぜる薪の音がするだけだった。
カタリナは何か言うべきかどうか悩んでいた、今日の彼女の主は何かおかしい。でも何だろう、話しかけるのを戸惑われる雰囲気があり結局黙って彼の数歩後ろに立っていた。
「君も座ったら?」
不意にアスワドが声をかけてきたので驚く。
「暖かいよ、ここは。」
黙ってカタリナは彼の隣に座り込んだ。
「ほら、こんなに冷たくなってるじゃないか。僕の前においで。」
アスワドはカタリナを移動させると背後から抱き締める格好でカタリナの手を温める。公爵邸の食事が良く以前ほど骨張ってはないが細い指先を摩る。彼女の手は毎日の水仕事で荒れていた。
「荒れてるね。」
「仕事柄仕方ありません。」
荒れた手をこれ以上見られたくなくてカタリナは手を引き離そうとするが、意外と強いアスワドの力には勝てなかった。
「働き者の綺麗な手だ。僕は好きだよこの手も毎日働くカタリナも、魔法なんかに頼らないで地道に働くいい手だ。」
そう言うと彼はカタリナをぎゅうっと抱き締めた。カタリナはビクンと身をよじらせたがアスワドの次の台詞に硬直する。
「魔法なんか嫌いだ。僕らは杖一つ、いいや時にはそれさえなしに簡単に部屋を綺麗にしたり洗濯物を畳んだりできる。こんな力なければいいのに・・・」
「でも、魔法は人助けにも使えます。」
「戦争にもね。」
「戦があるのですか⁉︎」
驚いて振り返る。
「大丈夫、今は心配ないよ。」
戦が始まれば国中の全ての魔法師が駆り出されると聞いた事があるカタリナは不安になりアスワドを見やる。
「大丈夫、本当に大丈夫だから。ねぇ、カタリナ。僕がもし戦に行ったら君は帰りを待っていてくれるかい?僕が僕じゃなくなっても嫌わずに居てくれるかい?」
カタリナはアスワドに向き直して座り直すとにっこりと笑って答えた。
「当たり前です。アスワド様は大事なご主人様です。要らないと言われる日まで私はアスワド様のお帰りをずーっとお待ちしておりますし、嫌いと言われるまで、いいえ嫌われる事があっても私から嫌いになる事はありません。」
真っ直ぐに微笑まれ、アスワドの頰が少し紅潮したが
ありがとうと伝えると頭に一つ唇を落とした。