枕返 ‐マクラカエシ‐ 弐
「隠れてないで姿を見せたらどうかの、下衆が……ッ!」
猫又は犬歯を剥き出し、自身の妖気を目標へと放つ。
強風が吹いたかと錯覚する程の妖気の塊。それを受けた友恵の母親は僅かに仰け反り、短い呻き声を上げ。
そして、友恵の母親に憑いている妖怪が姿を現した。
「ギィ、ギィギィギィギィ!」
のこぎりで木材を削り切ったような、低い笑い声。友恵の母親の背中にべったりくっ付き、肩越しに覗いてくるその顔は。
赤黒くくすんだ肌に、眉毛が無く腫れぼったい瞼。そして、額に生えた一本の小さな角。
大きさは中型犬と同じくらいか。猫又と友恵を見やり、妖怪は頭を不安定に揺らして笑う。
「な、なに……あれ?」
「あれが友恵の母親に取り憑いている妖怪だの」
姿を目視し、初めて目の当たりにする妖怪に驚き戸惑う友恵。
本来、霊感を持たいない友恵には妖怪が見えない筈である。現に、友恵の家で供助が襲われていた時、父親に憑いていた子泣き爺に気付いていなかった。
だが今、猫又が自分の妖気を相手にぶつけ当てる事で、その姿を無理矢理に現させたのだ。
例えるならば、何も映っていなかったテレビに、猫又というリモコンが妖気で強制的に映像を映させたと言えばいいか。
「正体は“枕返し”。それが友恵の家族を狂わせた元凶の一匹だの」
枕返し――――メジャーな日本妖怪の一匹。
主に夜中寝ている人間の枕を引っくり返したり、頭と足の位置を逆にしたりと悪戯好きな妖怪として有名である。
地方によっては枕返しは座敷童子の仕業とされたり、その部屋で死んだ人の霊が枕返しになるとも言われている。
「ギヒッ、ギヒッ、ギィギィギィギィ! オ前モ妖怪カ」
「見ての通りだの」
「俺ノ獲物ダ。邪魔スルナ」
枕返しは掠れた声で言葉を話し、猫又に視線を返す。
「ふん。貴様にとって獲物ならば、私にとっては大事な依頼主だの。邪魔しか出来ん」
「妖怪ガ人間ノ肩ヲ持ツノカ」
「人間も妖怪も関係無い。自分の好きなようにするだけだの」
「セッカク見付ケタ獲物ダ。返シテモラウ」
「低級の妖怪ならば知能も低級か。元々貴様のものでは無かろう。勘違いも甚だしいの」
小馬鹿にするように。否、小馬鹿にして。
猫又は枕返しに向かい、鼻で笑って見せる。




