二匹 ‐カタホウ‐ 参
「普段は妖怪とバレぬよう、耳と尻尾は隠しておっての。私が妖怪と知った友恵には隠す必要もあるまい」
「じゃあ、クッキーを食べたのもネコのお姉ちゃんだったの?」
「うむ、美味かったぞ。この事は他の人には秘密だの」
「うん、わかった。秘密」
友恵は猫又の耳から手を話して、人差し指を立てて口元に置いた。
それを見て、猫又は小さく微笑む。
「じゃあネコのお姉ちゃんは、猫の妖怪なの?」
「うむ、私は猫又だの」
「猫又って名前じゃなかったんだ」
「まぁ、名前と対して変わらんの」
「ネコのお姉ちゃんじゃなくて、猫又お姉ちゃんだね」
「そうなるの」
猫又はにっこりと笑い、友恵の頭を撫でてやる。
猫又と同じ黒い髪。花飾りが付いた髪留めがチャームポイントで、大切にしているのが解る。
きっと大好きだという両親に買ってもらったのだろう。
「猫又お姉ちゃん……これからどうするの?」
「それを今考えておる。ちと不可解な点があっての」
「でも、早く戻らないと……!」
「戻る? 戻ってしまってはまたあの妖怪に見付かってしまうの。その様な危険を犯す必要はなかろう」
「だって供助お兄ちゃんが!」
体力も回復し、猫又と話をして落ち着いたか。友恵は状況を思い出し、供助の事も思い出した。
額から血を流してまで自分を庇ってくれた人。自分を逃がしてくれた人を。
「怪我はしておったが、恐らく大丈夫だの。だからこそ友恵を逃がしたんだろうの」
「けど……」
「それに、あんな目に遭ったのはバチが当たったんだの。子供からお金を取るなど、最低な事をしようとしたせいでの」
「そんな事ないよ、供助お兄ちゃんは優しい人だよ!」
「優しい? あやつがか?」
「そうだよ。猫又お姉ちゃんと供助お兄ちゃんにお願いする前に、沢山の人に相談したんだよ。でも、みんな話を信じてくれなくて、まともに相手をしてくれなかったの」
「供助も初め、聞くつもりなど毛頭無かったの。私が居なければ帰っていたかもしれん」
猫又はその時の事を思い返して、不機嫌に鼻を鳴らした。
「でも、今こうして助けてくれてるよ? さっきも、私の代わりに叩かれて……」
「金の為だの。自己犠牲などと言う綺麗なものでは無い。供助にあるのは意地汚さだけだの」
「それでも嬉しいよ。私の周りは相手にしてくれない人だけだったから、すごく嬉しい」
「友恵……」
「一回ね、二万円を持って霊媒師さんに頼みに行った事があったの。そしたら、五十万円って言われた。一枚のお札が、五十万円って」
友恵は自身の膝の上に置いていた両手を、強く握る。
悔しかったのか、悲しかったのか。表情を暗くさせ、下唇を歯で噛んで。
「私は……助けてくれるつもりが無いのにお金を取ろうとする人より、助けてくれてお金を欲しがる人の方が信じられるよ」
薄らと浮かべていた涙を拭う友恵。
これまでどれだけ悩み、悲しみ、苦しんだか。猫又は心中を察す。
「だから、私が持ってるお金で真面目に解決しようとしてくれるだけで嬉しい。私にとっては供助お兄ちゃんも、猫又お姉ちゃんも、優しい人だよ」
そして、涙を拭ったその手で。
友恵は猫又の袖を、小さな手で掴んだ。
「猫又お姉ちゃんは強いんでしょ? 供助お兄ちゃんを助けにいこうよ、死んじゃうかもしれないんだよ?」
「……友恵は優しい子だのぅ」
くしゃりと、友恵の頭を撫でる猫又。
また襲われるかもしれないのに。父親があんな状態なのを見たくないだろうに。
なのに、友恵は人の事を心配するのだ。本当に心優しい。
「じゃあ!?」
「うむ、供助に死なれては流石に寝覚めが悪いからの。危険ではあるが助けに行くとしよう」
「うん!」
猫又は立ち上がり、友恵も立とうとした瞬間。
猫又の耳と、鼻と、肌が――――感じ取った。
まごう事無く、妖気を。嗅ぎ覚えのある、臭いを。
「友恵、そのまま身を隠せ! 立つんではないの!」
「えっ?」
猫又が止めようとするも、間に合わず。友恵は立ち上がり、身を隠していた茂みから頭を出してしまう。
感じる妖気……さっき友恵の家に居たモノのではない。これは最初に追っていた、元々友恵の家からしていた臭いの妖怪。
自分達がやってきた公園の入り口、その方向に。
「どうやら、お出ましのようだの……!」
もう一匹の元凶が闇を背景に。
奴は――――いた。




