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      子泣 ‐ジジイ‐ 参

「小僧が足を離さんせいで、小娘を逃してしまったわい」


 老人が目をやるは右足。友恵の父親の右足を、供助の右手ががっしりと掴んでいた。

 余裕や愉しみから友恵と猫又を追わなかったのではない。追えぬ理由があったのだ。


「そう簡単に、行かせるかよ……糞ジジイ」

「いっひひ。やはり儂が見えているか」


 妖怪である自分が見えている事に驚かず、老人は下品に笑って供助を見下ろした。

 供助は額から流れる血の間から、老人を睨みつけ、そして考える。納得できない事があった。腑に落ちない点が、あった。

 今、目の前にいるのは友恵の父親だ。友恵がお父さんと呼んでいたので間違い無い。

 だが、霊視をして妖怪が取り憑いていると予測したのは友恵の母親だった筈。なのに不意に現れたのは男性で、父親で、女性ではない。

 しかも、近くに来ていた事に供助は気付かなかったのだ。一切の妖気を感じさせず、気付かせずに。

 両親二人が喧嘩して出て行ったとは言え、この家は妖怪の住処となっている場所。

 油断もせず、警戒もしていた。なのに、妖気も気配も感じなかったのだ。普段ならば、そのようなミスをする事は無いのに。

 そして、何よりも予想外だったのは。枕から感じた妖気と、供助を見下ろし笑う老人の妖気が――――全くの別物だった。


「ひっひ。昨日、霊力の高い人間が家の近くに居たと聞き、警戒して正解じゃった」

「な、に……?」

「あの小娘を依頼主と言ってたが……まさか祓い屋か?」

「俺ぁ祓い屋じゃ、ねぇ。払い屋だ」

「妖怪の儂からすれば大差無い。とっちも厄介者には変わらん」


 老人の妖怪が言う通り、人間に害を及ぼしている時点で祓う対象になる。

 やむを得ず、仕方なく。何かしらの理由があって行っているのならば、払い屋なら除霊以外の方法もあるだろう。

 だが、この妖怪からはその様子は見られない。友恵の父親を操り、供助を殴っていた時は楽しそうに笑っていたのだから。

 言うまでもなく、払い屋の場合でも有無を言わさず祓う対象になる。


「妖気も、気配も……感じなかっ、た。どんな手品を使い、やがった?」

「ひひっ。はて、何の事か? 小僧が未熟なだけじゃ」

「てめぇ……なん、て、妖怪だ?」

「ひっひひ、この可愛らしい体躯(たいく)を見て解らんか?」


 皺くちゃな顔に、奇形体型と言えるその体。それを可愛らしいとほざく老人の妖怪。

 冗談か、本気か。どちらにしろ供助には笑えず、笑う気も起きない。むしろ、さらに腹が立ち、苛立ちが大きくなる。

 不快、不愉快。供助の表情から感情を読み取り、妖怪は愉快愉快と肩を揺らす。

 そして、前歯が抜けて歯垢がべっとり付いた汚い口を開き――――言った。


「儂は子泣き爺じゃよ。んひっひひひ」


 ――――子泣き爺。今ではポピュラーな妖怪の一匹である。

 元々は地方に伝わる妖怪で、一説では創作から生まれた架空の妖怪とも言われていた。

 だが、とあるメディアのお陰で有名になり、知らない者は居ないだろう。

 一般的には子供が泣いていると憐れんで抱き上げてしまうと、段々と体重が重くなっていき、放そうとしてもくっ付いて離す事が出来ず、最後は重さに耐えられず押し潰されて命を奪われると伝わっている。 

 ――――のだが。


「はっ……子泣き爺にしちゃあ、子供らしくねぇ気持ち悪ぃ笑い方をするじゃねぇか」

「ひっ、んひっひっひ。勘違いしておるようじゃの?」

「な、ん、だと……?」

「儂は“子供のように泣く”のではなく、“子供の泣き声が好き”なんじゃよ。んひっひひ」


 子泣き爺の言葉は、一説とは食い違うモノだった。

 一説はあくまで一説。地方や時代によって変わる事もしばしばある。それどころか、昔からの記述から全く違うモノだった場合も珍しく無い。

 人間や動物同様、妖怪もその時代、その状況で、生態が変わっていく。


「ひひひ、ひっひ。(もっと)も、“子泣き”というのも間違いなんじゃがな」

「なに……?」

「どれ、小娘を追って泣き叫ぶ声を堪能しようか」


 言って、子泣き爺は友恵の父親を操り。

 供助の脳天へ、ゴルフクラブを思い切り叩きつけた――――。


「あ、がっ……!」


 右手は友恵の父親の足を掴み、左手はクローゼットに挟まれ。

 無防備の所を容赦無く、凶器が直撃した。


「んひっひ。にひっひっひっひひひひ」


 走る激痛。離してしまう右手。遠ざかっていく不愉快極まりない笑い声。

 部屋から出て行く友恵の父親の後ろ姿。額から流れる血で視界が赤くなり、薄れゆく意識の中で……供助は見た。

 背に羽織った簑を被り、次第に消えていく、子泣き爺の姿を。


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