子泣 ‐ジジイ‐ 弐
突き飛ばされる友恵。勢いに足を取られ、転ぶように床に尻を付いた。
代わりに供助へと銀棒が降りかかり、左腕に強打が命中する。
「ぐっ……!」
供助は態勢を崩し、背中をクローゼットにぶつけて再び床に倒れた。
咄嗟に動いて友恵を庇いはしたが、先程まで受けていた殴打のダメージが回復した訳ではない。
更に今、両手持ちの一撃を喰らった。しかも、素手ではなくて金属棒による打撃。
そうそう簡単に回復出来る筈がなく、動けたのも痛む身体に鞭を打っての事だった。
「お前か、娘を誑かして悪い子にしようとしているのはぁぁぁ!」
とても人とは思えぬ形相。涎を垂らし、顔の筋肉は引きつり、目は白目。正気の沙汰では無いのは見て明らか。
そして、供助は見た。見えた。
友恵の父親の肩……背中に、嫌らしく笑みを浮かばせ、愉悦に浸る存在を。
「悪い虫はっ! 悪い子はっっ! 悪い人間はっっっ! こうなって当然なんだよぉぉぉぉぉ!」
再度、打ち付ける友恵の父親。再三、叩き付けられる供助。
そして、メッタ打ちされる中、供助は目を外さない。友恵の父親の背中から見下ろし、下卑た笑いを見せる妖怪から。
藁蓑を羽織り、一切の毛がない頭部。体の大きさは幼稚園児くらいだと言うのに、顔はしわくちゃで口元からは髭が伸びた相貌。
いやらしく嘲笑う、その醜穢な老人を。供助は眼力だけで殺さんばかりの目付きで、睨み付ける。
「んひっひ、ひっひっひっひゃ!」
友恵の父親と、その背中に張り付く老人の声が重なり、酷く不快な笑い声が部屋に響く。
一方的に、徹底的に。老人の妖怪は友恵の父親を介して、ひたすら暴力を振るう。
狙いは疎ら。供助の腕に当たり、腰に当たり、床に当たり、壁に当たり、クローゼットに当たり。
供助自身が傷つき、周辺が傷つく。ゴルフクラブも曲がって形が歪になっていく。
そして、振るわれるゴルフクラブがクローゼットに引っ掛かり――。
「あ、危ない!」
友恵の叫声がした、次の瞬間。
供助の後ろにあったクローゼットが重力のままに、倒れ落ちた。
「がっ……!」
言うまでもなく、クローゼットの下に倒れていた供助は下敷きになる。
背中にのし掛かり、供助からは短い悲痛の声が漏れた。
「供助おに――」
「友恵、大丈夫かの!?」
友恵の声を遮り、開きっぱなしだった部屋のドアから。
街への探索から戻った猫又が、姿を現した。
「えっ……黒い猫、ちゃん?」
黒い毛並み、小さな体、四足歩行。現れた猫又は人型ではなく、猫の姿。
突然現れた喋る猫に、友恵は驚くと同時に戸惑う。しかも、自分の名前を呼んだのだ。
狂乱する父親に、殴られる供助。さらに、喋る猫。すぐに状況を理解するのは無理だろう。
「猫、又か……タイミング良いじゃねぇか」
「供助、一体何が起こっ――」
「友恵を、連れて……外に逃げろ」
「しかし……」
「依頼主に怪我ぁさせる訳にはいかねぇだろうが……!」
殴打による傷の痛みと、クローゼットの重み。
苦痛に顔を歪ませながら、供助は猫又に言い放つ。
「ッ、友恵、逃げるんだの!」
「その話し方……ネコのお姉ちゃん?」
「早くするんだのっ!」
「う、うん……!」
猫又の大声で、反射的に立ち上がる友恵。
供助に突き飛ばされたがこれといった怪我は無く、友恵は走って廊下に出た。
開けっ放しのドアから階段を駆け下りていく音が小さくなっていく。
「ひっひ、まさか人間に手を借す妖怪が居るとは思わなかった」
嗄れ、錆びた声。口の両端を吊り上げ、下品な笑い。
友恵の父親の肩に乗る、小身小柄な老人が言う。




