日情 ‐ニチジョウ‐ 参
「もしもし」
『やー、供助君。学校が終わった頃だと思ってなぁ、メールじゃなく電話掛けさせてもらったよ』
「はぁ」
聞いてるこっちが脱力してしまいそうな緩い喋り方。緊張感の欠片も無い軽い口調。それで渋みを含んだ声。
この独特な喋り方をする人物は一人しか知らない。
『俺が連絡したって事はもう解ってるでしょーよ』
「まぁ、予想はついていますけど」
『相手が若くて可愛い子なら飯に誘う電話でもいいんだがなぁ』
「そういうのは別の電話口で探してくださいよ、横田さん」
電話相手の名前は横田。亡くなった両親の知り合いで、親父の親友だった人。
そして、供助にバイトを紹介してくれいている人でもある。
下の名前は知らないし、聞いた事も無い。別段困る事も無いので、供助は聞く必要もないと思い聞いていない。
頻繁に連絡は取るが、供助が最後に会ったのは両親の葬式。つまり、ここ五年程は直接会っていない。
『本題に入るけど、仕事が入った。急だけど今夜だ』
「今夜……? 随分とまた時間が無いですね」
『だから言ったでしょーよ、急だけどって』
急だ、と言っているにも関わらず、口調はゆっくり緩いままで、急ぎだという感じが一切しない。
しかし、いつもなら遅くても仕事の二日前には連絡を入れてくれる。それを考えると、急だというのは本当なんだろう。
『ちょーっとばかし手違いがあってねぇ。本来行くはずだった奴がね、他の仕事も重なって入ってたってたのよ。ダブルブッキングってやつだねぇ。アイドルじゃあるまいに、あはははははは』
「急に入ったって事は、ブッキングに気付いたってのはさっきって事だろ。笑い事じゃない気がしますけどね」
『ははは、は……うん、そうだね。ごめん』
どことなく白々しく笑っていた横田さんの笑い声は止まり、謝られた。
下手すれば片方の仕事に誰も行かなかったかも知れなかったのだ。危なかったという自覚は横田にもちゃんとあったらしい。
『まー供助君が思ってる通りだよ。代わりに君が行ってきてくれ』
「今夜、ですよね……?」
外からコンビニの中を覗き、お菓子が陳列している棚の前に居る太一と祥太郎を見る。
『あれ、なんか用事でもあった?』
「……いえ、大丈夫です。行けます」
『そーお? 悪いねぇ。報酬は弾んどくからさ』
「それで場所は?」
『あとでメールで地図を送っとく。そう遠い所じゃないから』
「わかりました」
『まーぁ、いつも通り難しい内容じゃないしさ。それに書類に目を通した感じ……』
話している途中で声が止まり、何かを啜る音が小さく聞こえてくる。
おそらく電話口の向こうでコーヒーでも飲んでいるんだろう。
一呼吸置いて、間が空いて。それから。
『大した相手じゃないわ、これ』
横田はのんびりとした雰囲気で、そう言った。
「って事は、結構楽な仕事ですか」
『そーだねぇ。目標の妖怪も下の中くらいじゃないかなぁ。供助君なら楽勝でしょ』
「実際に会ってみないと解んないですけどね。書類不備って事も考えられますから」
『なんだい、デスクワークは俺の仕事よ? 供助君はそれを信じられないってのかい?』
「ダブルブッキングして、その尻拭いを任されちゃあそうですね、半信半疑ですね」
『ありゃー、耳が痛いねこりゃ。そういう皮肉な言い回しは香織君に似ちゃってまぁ』
「一応褒め言葉として受け取っときます」
今、横田が口にした女性の名前。それは供助の母であった者の名前だった。
生前は横田の元で働いており、供助の母である香織はその部下であった。
「それに相手が強かろうが弱かろうが……俺はただ、ぶん殴るだけです」
『はーぁ、単純単調な所は生護に似て……なんで変な所を受け継ぐかなぁ』
「……両親の事は尊敬してたんで、似てると言われたら嬉しいですけどね。変な所とは言え」
『他界してから息子にこう言われたら、君を息子にして良かったと思ってるんじゃない? あの世で』
「どうですかね」
『頭が悪い事には嘆き悲しんでるだろーけどね』
「……」
それに関しては何も言い返せないと、供助は口を閉ざすしかなかった。