同業 ‐ショウバイガタキ‐ 参
「安心しなって。別に取って喰うでも、祓って金にしようって訳でもないんだから」
まるで怒った子供を宥めるみたく、男は供助と猫又を見て笑いながら話す。
「後ろの妖怪ちゃんも、そんな力を使っちゃ疲れるだろ」
「天敵を目の前に、安心しろと言われて簡単に信用するような馬鹿ではなくての」
「ま、そらそーだ」
男は小さく肩を上下させ、苦笑いを一つ。
「少年、同業者なら祓い屋がどんな生き物か知ってるだろ?」
「ま、一応は。いい噂は耳にしねぇな」
「いい噂が立つような事をしてる覚えはないからな。そうだろうよ」
言って、また男は苦笑い。
「俺は祓い屋。金を払えばどんな依頼も請け負う。逆に言えば、金を払われなければ何もしないって事だ」
「だから、こいつを祓う気は無ぇってか」
目は男から離さず、供助は顎で猫又を差す。
「金にならない事、面倒な事はしたくない性分でな」
「それに関しては同感だ」
「もっとも、君が金を払うなら祓ってやるが?」
「生憎、俺は裕福じゃねぇんで。そんな金は一銭も無ぇよ」
ハッ、と乾いた笑いを出して、ポケットから手を出す供助。
男から流れ出ていた霊力は収まり、敵意がない事は解った。
……少なくとも、今は。
「ほらよ。もし俺に仕事を頼みたくなったら電話一本、金額次第で請け負うぞ」
男はジャケットのポケットから取り出した物を、指に挟んで供助へ差し出す。
受け取ると、それは一枚の小さな紙。
「商売敵に頼む事は無ぇだろうがな」
供助は渡された紙を軽く目を通して、すぐに男へと目線を戻した。
「ははっ、まぁそうだろうな。仕事が仕事だ、またどっかで会うかもしれない。軽い挨拶だ」
右手の親指を額にやり、ニット帽を軽く上げる男。隠れていた目が現れ、供助は初めてまともに目を見た。
すると、面白そうに一笑してから、男は背を向けた。
「いい相棒を持って良かったなぁ、妖怪ちゃん。んじゃーなー」
頭の高さまで上げた右手を、ひらひらと振って男は去っていった。
気付けば、茜色に染まっていた空は陽が落ち、電信柱に設置されている小さな外灯が足元を照らしていた。
いつの間にこんな時間が経っていたのか。緊迫していた空気も元に戻り、一気に疲労が襲ってきた。
「ちっ、今日は面倒な事ばかり起きやがる」
ついてねぇとボヤき、供助は疲れから思わず悪態をつく。
髪を掻き上げようと左手を見ると、じっとりと汗が滲んでいた。
「去ったか」
「あぁ。ったく、気ぃ張りすぎて肩が凝っちまった」
「何やら紙らしき物を受け取っていたが……何を渡されたのかの?」
「見るか?」
ようやく戦闘態勢を解いた猫又が、供助の近くへと寄って来た。
供助は首に片手を当てて関節を鳴らしながら、男から貰った紙を猫又に見せる。
「これは……名刺、かの?」
「名刺だな。電話番号だけじゃなく名前も書いてある」
「ふむ。『この世の鬼も金次第。怪異問題解決します。祓い屋、七篠言平』とな。少し変わった名だの」
供助から名刺を摘まみ上げ、印刷されている文字を読み上げる。
「このような職業はそうそう表に出さぬものだが、名刺を配り宣伝するとは巫山戯ておるのかの?」
「さぁな。けど、巫山戯てんのかどうかは別として、あいつの腕は本物だ」
「うむ。態度や口調は軽い奴だったが、それに反して底知れぬ威圧感があった」
「けどよ、それよりも……」
「供助も気付いておったか」
「あぁ」
供助は目を細め、思い出す。
七篠という男よりも力強く、遥かに危険だと感じた存在。
それは――――。
「あのロープみてぇなのから異様な感覚がした」
ベルトに掛け、結び束ねられていた物。
それから放たれていて、強く感じ取っていたのだった。




