同業 ‐ショウバイガタキ‐ 弐
「なんか用すかね、俺等に」
「あー、ちょっと聞きたい事があってな」
男は腕を組み、ニカッと白い歯を見せて笑う。
「あそこの青い屋根の家……お前達が除霊頼まれてんのか?」
「解んのか、俺が払い屋だってぇの」
「そりゃな。珍しい職業だ、同業者が近くにいれば気付く」
男は組んでいた手を解き、手を腰にやる。
男が言う通り、払い屋というのは稀有な職業だ。珍しく専門的な仕事な為、同業者に気付く事は難しくない。
実際、供助もニット帽の男が同業者だとすぐに気付いた。見分け方があり、それで同業者かどうかがすぐ解るのだ。
その見分け方というのが、相手の視線を追う事。同業者の場合、高確率で一般人とは違う所を見ている。
そして、その見ている先には大体、妖怪や幽霊が居る。
長く払い屋をやっていると、少しでも妖気や霊気を感じれば一度はそれを確認しようと見てしまう。一種の職業病とも言えるかもしれない。
「それに、強い霊力を持つ奴と一緒に妖怪が居たらな。その筋の奴なら簡単に解るだろ」
「……ッ、気付いておったか」
「いくら上手く隠しても微かに漏れていたりする。誰かにバレたくないなら、妖怪は妖力よりも姿を隠す方がいい」
当然のように言っているが、この発言で男の強さの一片が見えた。
男はこう言っているが、猫又が妖力を隠すのは完璧に近かった。少なくとも、隣に居た供助が感じられない程には。
だが、供助達の所へ近寄ってくる前の数十メートル離れていた時点で、男は隠していた猫又の妖気を簡単に感じ取っていたのだ。
それだけで、供助よりも実力が上なのは明らかである。
「それで? あの家の除霊、頼まれてるのか?」
顔を横に曲げ、男は友恵の家を一見する。
「まぁ、そうなるな。依頼されたのはつい一時間前だけどよ」
「ありゃー、そうか。まだ未物件だったら稼ごうかと思ったんだが、既に取られてたか」
「やっぱアンタ、俺と同じ払い屋か」
「同業者っちゃあ同業者だが、払い屋ってのは違うな」
男は顔の向きを正面に戻し、不敵な笑みを浮かばせ。
霊力を纏わせながら、こう言った。
「俺は“祓い屋”だ」
瞬間、猫又は一足飛びで後退る。
猫又は警戒態勢から戦闘態勢へと変え、男に隠していた妖気を放ち、剥き出される敵意。
眉間に皺を寄せ、噛み締める犬歯が唇から覗き見える。
「同業者じゃねぇかと思っていたが……まさか祓い屋たぁな」
供助は男と猫又の間に立ち、戦闘態勢は取らなくも警戒心は一層強まっていた。
祓い屋……払い屋と並ぶ、除霊や妖怪退治の専門職。
ただ払い屋との違いは、祓い屋は金さえ積めばどのような幽霊、妖怪でも構わず祓う。
悪霊、怨霊、精霊、守護霊、土地神……種類も、理由も、善悪も関係無い。関係あるのは己への利益のみ。
そして、祓い屋によっては除霊でも成仏でも無く……“消滅”という最も残忍な方法で祓う者もいる。
成仏や除霊の場合は天国や地獄に行き、魂の浄化、罪の制裁等を行った後に転生すると言われる。だが、消滅したモノは現世にも黄泉にも存在しなくなり、二度と転生出来なくなってしまう。
消滅とはそのまま文字通りの意味――――消えて滅する。
「元気な相棒だなぁ、少年」
「元気なだけなら良いんだけどな。燃費が悪くて食費が嵩みやがる」
供助は男に対して軽口で返すも、警戒は解かず目を離さない。
「あっはっはっは! 相棒を作ると仕事は楽になるが、貰い分が半分になるのは痛いよなぁ」
口を空に向け、男は大笑いする。
供助の睨むような視線も、猫又の敵意と妖気も。気にする素振りすら見せず、笑う。
「まぁなんだ、そんな気を張るな。無駄に力を使うと腹減るぞ?」
「腹ァ減れるのも生きてれば、だ。命の危険を感じれば嫌でも肩に力が入っちまうだろ」
「肩じゃなく、別の所に力が入ってるように見えるんだがな」
男はチラリと、目だけを供助が手を入れているポケットへとやる。
手はズボンのポケットで猫背。供助はいつもの怠そうな態度。
しかし、ポケットに隠れている両手は力強く、固く、握り拳が作られていた。