兄姉 ‐アニトアネ‐ 参
※ ※ ※
公園を出てから三十分後。空はすっかり茜色になり、家路につく子供とよくすれ違う。
あと一時間もすれば夜が来て、辺りは暗い闇のカーテンに包まれる。
遊び疲れた子供達は帰る時間。美味しいご飯を食べて、風呂に入って、暖かい布団で眠る。
カラスも鳴いて巣に戻る。なぜ鳴くのかはカラスの勝手。カラスが鳴くから帰ろう。
そんなカラスが鳴き飛ぶ空の下に、供助と猫又は居た。
「腹減ったな」
「腹減ったのぅ」
住宅街の一角。電信柱の影に、塀に寄り掛かる二人の姿があった。
今居る場所が住宅街で、しかも時刻は夕方過ぎ。夕飯時どストライク。
周りに沢山ある家のどこかからしてくるカレーの匂いに、空腹の二人の口内は涎で埋め尽くされる。
「で、友恵の両親はまだ戻って来んのかのぅ?」
「まだだな。いつもは夜の七時過ぎに帰って来るって言ってたから、早くても後三十分は掛かるだろうな」
「ぐぬぬ……どこからかカレーの匂いして来て、空腹感が煽られるのぅ」
「友恵の家に行くっつったのはお前ぇだろ。我慢しろ」
腹を押さえる猫又に、供助は不機嫌に返す。
本来なら今頃は家に帰り、飯を食って、横田からの依頼に備えて仮眠を取る筈だった。だが、予定は狂って今は友恵の家の近くで待ち呆け中。
友恵は既に家に帰り、ここに居るのは供助と猫又だけ。様子がおかしいと言う友恵の両親を霊視しようと、こうして外で待っていたのだ。
友恵の友達としては歳が離れ不信に思われるだろうし、かと言って正直に取り憑いた悪いモノを払いに来ました、なんて言える訳が無い。
友恵の話によると、母はパートで夜七時過ぎで、父は八時過ぎにいつも帰宅しているらしい。
なので、家に帰ってきたところを霊視するという、一番無難な方法を選んだ。
「しかし、のぅ」
「あぁ」
猫又の呟きに供助は相槌を打ち、視線を少しだけ上げる。
視線の先には友恵の家である、二階建ての一軒家。屋根は青く、小さな庭があり、ガレージもある。どこにでもある、ごく普通、ごく当たり前の家。
――――ただ。
「ちと予想外だの、これは」
「ったく、面倒臭ぇ」
家を覆うように感じる、妖気だけは普通という枠から外れていた。
それを見て、供助は悪態をつきながら髪を掻き上げる。
友恵の家からは、とても友好的とは言えない妖気が感じられていた。色で例えるなら黒ずんだ紫。見るだけで不快になる。
「お前ぇの鼻で何か解んねぇのか?」
「友恵からしていた臭いと同じではあるの。だが、家からする妖怪の臭いや妖気は残滓に過ぎん」
「ざん……なんだ?」
「ザンシ。残りカスという意味だの」
「あぁ、確かに残りカスしかねぇ。が、まだ真新しい」
「うむ。友恵からした妖怪の臭いだけでは確証は得られんかったが、どうやら友恵の両親が何かに取り憑かれているというのは本当らしいの」
「とにかく、両親を見てみねぇと動きようがねぇな」
先に帰ってくるであろう友恵の母が帰宅予定時間は七時過ぎ。まだ数十分ある。
供助は口を大きく開けて欠伸を一つ。友恵の家から妖気がしても、元凶である妖怪は不在。
警戒する必要も無く、のんびりと時間が過ぎるのを待つ九月中旬とは言え残暑が厳しく、暑さに辟易しながら茜色の空を仰ぐ。
未だに漂ってくるカレーの匂いに、今にも腹の虫が騒ぎ出しそう。供助の隣りに居る猫又も、鼻を動かし涎を垂らしながら匂いを嗅いでいた。
が、数秒後。
「――ん?」
「――ッ」
眠そうだった供助と、カレーの匂いを楽しんでいた猫又。
二人の表情は瞬時に真剣な面持ちに切り替わり、それと同時に同方向へと目をやった。その視線の先にあるのは友恵の家。
しかし、違った。供助と猫又が視界の焦点に合わせたモノは、それとは別の存在。
無警戒だった二人が、そのモノへと意識を強めた。
「供助、あ奴……」
「あぁ……同業者、だな」
友恵の家の前で立ち止まる、一人の男に。




