兄姉 ‐アニトアネ‐ 弐
「どうかしたの?」
「いや、なんでもねぇ。とりあえず、友恵の両親を見てみねぇとなんとも言えねぇな」
「見たら分かるの?」
「まぁ、大体はな。霊や妖怪に取り憑かれてりゃ顔や態度に出る。他にも妖気の残りカスがあったりな」
所謂、霊視と言われるもの。霊力を目に凝らせれば霊や妖怪を見えるようになる。
供助の場合、普段は霊視を行わず一般人と変わらない視界を見ている。気になる霊気や妖気を感じれば、その都度ピントを合わせて霊視を行っている。
供助曰く、常に霊視をするのは怠く、面倒臭いらしい。
「ふむ。では、友恵の家に向かおうかの」
「はぁっ!? 今から!?」
「何か問題でもあるのかの?」
「横田さんからの依頼が今夜あんだぞ? 俺ぁ帰って寝る。行くならお前一人で行け」
「ほう? 報酬を受け取る以上、友恵のも立派な“依頼”だの。払い屋として報酬を貰うのが当然ならば、報酬分しっかり働くのも払い屋として当然だの?」
「……ちっ」
友恵から報酬を取ろうとする供助にまだ怒りが収まず、猫又はわざと“依頼”の部分を強調して言う。
それに対し、供助は少し苛立つように舌打ちした。
「わったよ。行くならさっさと行くぞ。友恵が通ってるのが鳥山小学校ならそう遠い所じゃねぇだろうしな」
「えっ? うん、ここから近いけど……なんで私の学校が分かったの?」
「ランドセルの名札に書いてんじゃねぇか」
供助が友恵が背負うランドセルを指差すと、確かに名札に名前と学校名が書かれていた。
「俺は早く帰って寝てぇんだ。ちゃっちゃと済ませてさっさと帰るぞ」
「う、うん」
供助が立ち上がると、友恵も一緒にベンチから降りた。
「あと、その……」
「あん? なんだ?」
「お兄ちゃんの名前、聞いてないなって」
「あー、そういや言ってなかったな。俺は供助ってんだ」
「供助お兄ちゃんだね、わかった!」
供助が名前を教えると、友恵は嬉しそうに笑った。
それを見て、供助は小さく鼻を鳴らして肩を竦ませる。
一人っ子で兄弟が居ない供助にとって、お兄ちゃんと呼ばれるのは初めて。少し背中がムズ痒かった。
「お姉ちゃんの名前は?」
「私は猫又だの」
「ネコマタ? じゃあ、ネコのお姉ちゃん!」
「うむ。お姉ちゃんと呼ばれるのは少しばかりこそばゆいのぅ」
と言いながらも、顔を緩ませて友恵を撫でる猫又。
反応に困る供助と違い、猫又は満更ではなさそうだ。
「そういえば供助お兄ちゃん」
「ん?」
「今日は黒い猫ちゃんと一緒じゃないの?」
友恵が言う黒い猫とは、恐らく猫又の事であろう。昨日会った時、猫又は人型ではなく猫の姿だった。
既に隣に居るのだが、今は人型。友恵が気付ける筈もない。
「何を言っておる、友恵。さっきからここに……」
「ふん」
「おぅふっ!?」
余計な事を言いそうになった猫又の横腹に、供助のブッチャーチョップ。通称、地獄突き。
刺されたような痛みに、猫又は体を軽く仰け反らせた。
「……?」
「悪ぃな、今日はあの猫は居ぇんだ」
「そっかー、遊びたかったなぁ」
今の一挙一動は友恵の視界外で行われ、友恵は猫又が横腹を押さえているのを不思議そうに眺めている。
猫又が妖怪だというのは基本秘密であり、人に言うような事ではない。
それが解っている為、猫又も供助の言い返せずに悶絶するしか出来ないでいた。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「少しばかりドクペが出そうになっただけだの……」
「……? どくぺ?」
「なんでもない。早く友恵の家に行こうかの」
「うんっ」
猫又と友恵は手を繋いで歩き出し、公園を出て行く。その後ろを供助が学生鞄を肩に掛け、怠そうに猫背で追っていく。
公園で遊ぶ子供の笑い声を背に、赤みを帯びてきた空を眺めて。
三人は友恵の家へと向かうのであった。




