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     懇願 ‐オネガイ‐ 肆

 満足気に話す猫又。

 さっきから子供が妙に供助達の事をずっと見てきている。初めは供助が大きな声を出したからだと思っていたが、そうではなかった。

 どうやら猫又の服装が珍しくて見ているようだ。やはり、今時和服は珍しいらしい。


「げっふぅ」

「公共の場で盛大にゲップすんじゃねぇよ」

「炭酸飲料を飲めばゲップが出る。これは避けられん道だの」

「何したり顔で言ってんだ」


 猫又が放ったゲップにより、これまたドクターペッパーの匂いが辺りに漂う。供助は堪らず顔の前を手で扇いだ。

 学校で供助がゲップをした時も祥太郎はこんな気持ちだったのかと思い、供助は反省する。


「むしろゲップしてこその炭酸飲料だの」

「こっちに向いてすんじゃねぇぞ」

「解っていげふぅぅ」

「返事しながらもすんじゃねぇよ」


 猫又は返事の途中で盛大なゲップを放つ。

 腹中に溜まったガスを全て吐き出し、スッキリして気持ち良さそうな駄猫。


「うむ、久々のドクペに余は満足だの」

「って、もう飲んだのかよ」

「丁度喉も乾いておったしの。ほっ」


 猫又は下から送り出すように空き缶を投げ、ベンチの隣にあったゴミ箱にシュートイン。

 距離も近く、空き缶は外れる事無くゴミ箱に吸い込まれていった。


「なんならもう一本買ってくれても構わんのだがの?」

「ふざけんな。人前でゲップする奴にはヤクルト一本すら買ってやん――――」

「ぬ? どうしたかの?」


 供助は言葉を途中で止め、公園の入り口の方を見つめていた。

 何かあったのかと猫又も同じ方向を見るも、特に変わった所は見当たらなかった。


「いや、また音が聞こえてな」

「音?」

「あぁ、鈴の音だ」


 供助はじっと、何かを探すようにどこかを見ていた。

 視線は公園の入り口に向いていても、違う何かを見ているよう。


「鈴の音なら私の首輪じゃないかの」

「ん? いや……それじゃねぇ別のヤツだ」

「別、と言ってものぅ。私には鈴の音など特に何も聞こえんかったがの」

「あぁ、そういやお前にはまだ話してなかったか」

「うむ?」


 供助は視線を正面に戻し、髪を掻き上げながらベンチに深く寄り掛かる。


「昔から聞こえんだよ、鈴の音が」

「口振りからして、何か特別なモノみたいだのぅ」

「あぁ。不思議な事に俺にしか聞こえねぇらしい」

「馬鹿にしか聞こえないんじゃないかの?」

「さっきのドクターペッパーが最後の一本だ。よく味わったか?」

「冗談だの。供助にしか聞こえぬとは、変わった話だのぅ」

「どこかに聞こえてる奴が居るかもしれねぇが、今まで生きてきた間では一人も会った事がねぇな」

「ふむ。やはり霊的な何かか」

「多分な。横田さんはそうじゃないかって言ってたが、聞こえんのが俺だけじゃ断言は出来ねぇってよ」

「さっきその鈴の音が聞こえていたようだが、私の首輪の鈴と聞き間違えたんじゃないかの?」

「……いや、それはねぇな。なんつーか、音の感じが違う」


 供助はベンチの背もたれに寄り掛かっていた背中を大きく逸らし、空を仰ぐ。

 今日は天気がいい。少し赤みを帯びてきた空が視界に広がる。


「違いなんてあるのかの?」

「俺が聞こえる鈴の音はこう、弱々しくて寂しそうっつーか」

「むぅ……私にも聞こえれば何か解るかもしれんが、聞こえもしなければ心当たりもないのぅ」

「まぁ別に解らねぇなら解らねぇで、それでもいいんだけどな。ガキの頃から聞こえるもんだから気になってるだけだ」

「なるほどの、初めて会った時にこの首輪の事を聞いてきたのはそれが理由か」

「音で違うんじゃねぇかとは思ったが……もしかして、って気持ちもあったからな」


 供助が空を仰ぐのを止め、垂れてきた前髪を鬱陶(うっとう)しそうに掻き上げる。


「ただ今日はちょっと、な」

「なにかあったのかの?」

「いつもは小さく聞こえるのに……昼間に一度、いつもよりでけぇ音で聞こえた」


 頭に響き、耳に残る程の大きさで。いつもの悲しく寂しそうな音とは一変し、何かを訴え、誰かを呼ぶような。

 焦燥感と緊張感、そして好奇心が煽られる。


「それと同時に嫌な予感がしてな……ろくでもねぇ事が起きなけりゃいいが」

「予感、のぅ。それは鈴の音以外に理由があるのかの?」

「ねぇな。挙げるとすれば勘だ」

「あてにならんの」

「あてになんねぇな」


 微苦笑して、供助は会話する。

 だが、内心ではやはり、何とも言えぬ妙な胸騒ぎがしていた。


「……ぬ?」

「あん? どした?」

「いや、なんでもないの」


 すん、と。猫又は鼻を一度小さく鳴らす。

 何かに意識を向けたように見え、供助が聞くもはぐらかすように返された。

 しかしどこか、猫又の表情は何かを面白がっている。


「ただよ」

「なんだの?」

「学校でも話しただろ、最近幽霊や妖怪が増えているってよ」

「言っていたの。念の為もう一度言っておくが、本当に私は無関係だの」

「それはそれなりに信用してっから安心しろ。けどやっぱこう、自分の身近な所でおかしな事が増えているとな……良い気分にはなれねぇよ」

「ふむ、解からんでもないの。私も自分の餌場で他の猫に食べ物を取られたらムカッ腹が立つからのぅ」

「俺には猫の気持ちは解んねぇよ。解りたくもねぇが」


 猫又は腕を組み、フンスと荒い鼻息を一つ。

 どうやら過去に餌場を取られた時の事を思い出しているようだ。


「一応、普段から警戒していた方がいい。街でろくでもねぇ事が起きている以上、俺達にもろくでもねぇ事が起きる可能性があるからな」

「うむ、そうだの。もしかすれば魑魅魍魎(ちみもうりょう)が増えた事は、私にとっては僥倖(ぎょうこう)かもしれんがの」


 猫又は腕組みを解き、右手で顎先を摩る。


「ぎょう……なに?」

「ギョウコウ。思いがけない幸運、という意味だの」

「んで、どうして妖怪共が増える事が幸運になるんだよ?」


 片腕をベンチの背もたれに回し、供助は横目で猫又を見る。


「私が何を探していたか忘れたかの?」

「いくら俺が馬鹿でも忘れるかよ、共喰いだろ」

「そう、“共喰い”だの」

「……あぁ、なるほどね」


 共喰い、の部分を強調してい話す猫又。

 それで供助もピンと来て、すぐに納得する。


「奴にとって餌場って事か、この辺りの街は」

「そういう事だの。これ程恰好の餌場は無いの。奴が餌に釣られて姿を現すかもしれん」

「お前じゃあるめぇし、食いモンに釣られて簡単に出てくるとは思えねぇけどな」

「一言余計だの」


 猫又は顎から手を離し、ジト目を供助に向ける。

 反論しないあたり、食い気が盛んなのは自覚しているらしい。


「ま、何かしらの情報が入ったら横田さんから連絡来るだろ。幸い、協会の払い屋が近くに多数配置されてるしな」

「人喰い対策に行った事が役立ったようだの」

「横田さんも言ってた。それでも忙しくて大変らしいけどな」

「とりあえず、私達のやる事は普段と変わらんのだの?」

「あぁ。いつも通り依頼が来たら妖怪やら幽霊やらを退治すりゃあいい。何も変わんねぇよ」


 ぐぐっと両手と両足を広げ、供助は体を目一杯反らせて体を伸ばす。ベンチの背もたれが背中を押し、関節が数回鳴る。

 一休みもしたし、猫又もドクターペッパーを飲み終わった。

 そろそろ帰ろうかと、供助は大きく息を吐いて体勢を元に戻す――――と。


「お兄ちゃん、妖怪を退治できるって……本当?」


 少女が、居た。昨日出会ったクッキーの少女が。

 ランドセルを背負い、目の前に立って、澄んだ瞳を供助に向けて。少し泣きそうで、でも嬉しそうで、そしてどこか……安心したような。

 少女は一度俯いて下唇を噛み、(すが)るような震えた声で言った。


「お願いします。どうか――――」


 助けてください、と。


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