懇願 ‐オネガイ‐ 参
「……おい、猫又」
「何だの?」
「もっかい空を飛ばせてやろうか、あ?」
供助は頭の上に乗る猫又を睨もうとするが、いかんせん頭の上なので睨むに睨めず。
ずっと目を上に向けるのは疲れるので、すぐ止めた。
「ほれ供助、さっき三階から投げたお詫びにドクペを買ってくれい! もうめっちゃ飲みたいんだの!」
「俺の頭に乗ってチャラになったんじゃねぇのかよ」
「小さい事を言っとらんで早く買って欲しいの! でないと読んだ漫画を本棚に戻す時、巻数をバラバラにしてしまうぞ!」
「小さい事を言ってんのはどっちだよ、ったく」
供助は半目で猫又にツッコミを入れ、自動販売機の元へと移動する。
漫画の巻数の順番をバラバラにされるのは地味に困る。バラバラのまま放置するのも何か気持ち悪いし、巻数が多い漫画だと並べ直すのがかなり面倒。
財布に丁度良く百円玉と十円玉があったので、それを自動販売機の硬貨投入口に入れる。
「供助、私がボタンを押したいの!」
「ガキかよ、お前は」
なんだかんだで頭を少し低くして猫又に押させる供助。端から見ると珍妙な光景である。
ガタン、と音を立てて赤紫色の缶が出てきた。
「供助、あそこの公園のベンチで飲んで行くのぅ!」
「あぁ? 家まで我慢……」
「出来ん!」
「あだっ! わかったから叩くんじゃねぇ!」
垂れた前髪の間から猫又に叩かれ、供助は渋々近くにあった公園へ向かう。
公園内に入ると、子供が数人遊んでいた。滑り台やジャングルジム、ブランコ。きゃっきゃと声を上げて楽しそう。
供助も昔は公園で走り回って遊んでいたが、今では性格も捻くれて鬼ごっこをする歳でもない。
子供達を横目に、供助はベンチに座る。
「ほらよ」
座ったすぐ横に、買ったドクターペッパーを置く。
「で、どうやって飲むんだよ?」
「決まっておる。こうやってだの」
猫又は供助の頭から飛び降りて、ベンチ裏の茂みに入った瞬間。
ぼふん、という音と共に白い煙が上がる。
「うむ」
何食わぬ顔で、人間の姿になった猫又が茂みから出てきた。妖怪とバレないように猫耳と尻尾はちゃんと隠してある。
そして、ドクターペッパーを取って供助の隣に座る。
「うむ、じゃねぇよ! 誰かに見られたらどうすんだよ!」
「周りから見られぬよう気を配って姿を変えたから大丈夫だの。煙も少なめに調整したしの」
「それにやるなら前もって言えよ!」
「そう騒ぐでない。子供達がこっちを見ておるの」
「……ちっ」
猫又に言われて周りを見てみると、確かに子供が何人かが供助の方を見ていた。
供助は舌打ちして頭をぶっきらに掻き、ベンチの背もたれに寄り掛かる。
「では、頂きますだの!」
猫又は缶の口を開け、一気に飲んでいく。
隣に座る供助の鼻には、ドクターペッパーの独特な匂いがしてくる。
「っぷはーっ! やっぱり美味いのぅ、ドクペは!」
風呂上がりに牛乳を飲むが如く、猫又は目を瞑って一息吐く。
「良い飲みっぷりなこって」
「うむ。やはり炭酸飲料はがぶ飲みに限るのぅ」