懇願 ‐オネガイ‐ 弐
供助は下駄箱で靴を履き替え、昇降口から出て行く。
時刻は午後六時過ぎ。九月過ぎではあるが、まだ陽は長く空は明るい。それでも七月八月と比べれば、少しずつ暗くなるのが早くなっている気がする。
中庭や校庭の前を通り、校門をくぐって校地から出た……ところで。
「供助、やっと来たの! あんな所から投げおって!」
校門近くの茂みから、黒い物体が飛び出してきた。
ので、無視した。
「おい、供助! 待つんだの! これ!」
なんか猫が喋って、しかも自分の名前を呼ばれている気がするが、供助は無視。ガン無視。
制服のズボンのポケットに手を入れ、猫背。いつもの怠惰感丸出しの雰囲気で道を歩く。
「ちょっ、ちょ待……なんで無視するのかの! のぅ、供助! のうってば!」
猫の姿で歩幅が小さい猫又は、供助の横を早歩きで付いてくる。
だが、供助は無視し続ける。理由、面倒臭いから。
あともう疲れた。文化祭準備とか、委員長の怒声とか、猫又の相手とか。
「も、もしかして怒っとるのかの? 私が学校に行ったの……のぅ、供助ぇ?」
供助は欠伸一つ。
色々あって疲れたのか、眠気が襲ってきた。
「おーいおいおい……学校に行ったのは謝るから、私が悪かったから怒らんでくれぇ……おーいおいおい」
「だぁぁぁもう、うっせぇな! 分かったから泣くなっての!」
「おぉ、許してくれるのかの!?」
「喋りながら足元をうろちょろされた歩きにくいったりゃありゃしねぇ」
供助は頭を掻いて、盛大に溜め息を吐く。
それに、今は周りに人が居ないからいいが、このまま大通りに出て猫又に喋らせる訳にはいかない。
「ならこれなら歩きやすいの」
首輪の鈴を鳴らし、猫又はヒョイっとジャンプする。
供助の肩に乗り、そこから更に頭の上に腹を付ける形で乗っかった。
「うむ、これなら楽チンだの」
「おいコラてめぇ糞猫」
「三階から放り投げた罰だの。ほれ、マジーンゴーだの」
「泣いてたくせに切り替え早ぇじゃねぇか、あ?」
「嘘泣きに決まっておろう、引っ掛かりおって。猫かぶりだの。猫なだけに」
「ドヤ顔で言ってんじゃねぇよ」
またブン投げたくなる衝動をなんとか抑え、供助は止めていた足を動かす。
供助は猫又の嘘泣きに気付いていたが、なんだか面倒臭くなって言うのをやめた。
第一、今時おーいおいおい、なんて声を上げて無く奴は居ない。いや、今も昔も居ないと思う。
「つーかよ、街中なんだからあんま喋んじゃねぇよ」
「周りに人が居ないかどうかちゃんと気にしておる。大丈夫だの」
「誰かにバレた時にフォローすんの俺なんだからな」
「その時は電波キャラを演じればいいんじゃないかの?」
「どこで覚えた、そんな言葉」
「供助の漫画だの」
原因が自分の漫画だと知り、供助は何とも言えない気持ちになる。
考えてみれば確かに、心当たりがある漫画が幾つかあった。
「ぬっ!? 供助ストップ、ストップだの!」
「あだ、あだだっ! 頭を叩くんじゃねぇ!」
猫又が何かを見付け、供助のおでこに猫パンチ。
「なんだよ、一体」
「あれ、あれを見るんだの!」
慌て急ぐ猫又。その様子で一つ、供助は予想した。猫又がこのような反応をする心当たりがあったからだ。
その心当たりと言うのが、猫又が外を散歩していた理由でもある。
供助が、猫又が前足で差す方向へと顔を向ける。と、そこには――――。
「ドクペだのぅ!」
自動販売機があった。ドクターペッパーが並んである、珍しい自動販売機が。
それ以外には何も無かった。勿論、人も居なかった。




