払屋 ‐ハライヤ‐ 肆
「一丁上がり」
大きく振るい、力の限り殴る。これが供助の妖怪撃退方法。いわゆる素手喧嘩スタイル。別の言い方ならば徒手空拳か。
道具や武器を扱うのが苦手な供助が出した対応策が、これだった。
色々な道具を使えば移動にかさばる。いちいち持って移動するのが面倒臭い。
第一、霊力を道具に通して攻撃するくらいなら、直にブン殴った方が簡単だろ。そんな理由でこうなった。
別に誰かに習ったり、何かしらの格闘技や拳法という訳でもない。ただ思った通り動き、思いのままに戦い、思い切り殴る。
型に嵌らないというのが、供助の型である。言うなれば、我流。供助本人はそんな格好良いものでは無いと思っているが。
しかし、この戦法が自分にしっくりきて似合っている事は、自他共に認めていた。
「さてと、仕事も終わったしホテルに帰って寝るか」
供助は両手に付けていた商売道具である軍手を外し、首の関節を鳴らす。
妖怪の頭部を破壊した右手の軍手は真っ赤に濡れ、血で染まっている。
しかし、その事に気を止める様子も無く、供助は軍手を血糊が付いたままズボンの後ろポケットに突っ込んだ。
が、おかしな点が一つ。返り血で汚れた軍手からは、蒸気のような白い煙がもくもくと出ていた。
煙の原因、それは妖怪にあった。妖怪の中には命を落とした場合、死体が煙を上げて消えるモノもいる。
主な例としては、今回のような元々肉体を持たず、人による負の感情や念によって具現化した妖怪が該当する。
首が無くなった妖怪の死体も、煙を立てて霧散して。供助の頬に付いた筈の血糊も、今ではもう綺麗に跡もなく消え無くなっていた。
「くぁ……ねむ。あー、依頼が終わったって連絡しとかねぇと」
供助は回れ右をして、来た道を戻る。
欠伸で目尻に薄ら涙を浮かべ、手をポケットに入れて背中を丸くさせながら。
そして、面倒臭ぇと漏らしながら、ポケットから出した右手には携帯電話。雑木林から抜けて道路に出て、供助は携帯電話の画面を点ける。
夜目に慣れてしまい、画面の明かりが眩しい。目の奥がツンと痛くなるような感覚に耐え、供助はメールを打つ。
相手は上司。目標の妖怪を祓う事に成功した旨を知らせる為だ。手短く簡潔に文章を打ち、さっさとメールを送信する。
一分も掛からずに横田への報告は終了。いくらか仮眠を取ったとは言え、時間が時間だ。供助は早くホテルに戻って寝たい一心だった。
携帯電話と右手をズボンのポケットへ戻し、空見上げる。
まんまるいお月様が浮かんで、薄ら見える雲は月明かりに照らされ青白い。
「静かな、夜だねぇ」
ぽつりと呟く。
誰も居ない道路を一人で歩いて、供助は眠気もあってか、いつもより一層気怠そう。
静かな夜。供助はそう言った。今夜は本当に、静かな夜だと。久々だと。
いつも聞こえるあの音が、鈴の音が……今夜は聞こえないのだ。
鈴音が聞こえない夜は珍しい事ではない。丸々一週間聞こえない事だってあった。ただここ最近は毎日聞こえていて、何も聞こえない夜というのが久しぶりだった。
静寂の夜。暗闇の街。無音の視界。
それらを堪能しつつ、供助は小さく口を開く。
「チリンチリン、ってか」