少女 ‐クッキー‐ 肆
「我慢しろ。お前の腹の虫を聞いたせいで、俺も腹ぁ減ってきたじゃねぇか」
「お兄ちゃん、お腹減ってるの?」
「ッ!?」
リョーコが居なくなって油断していたのか、知らない内に供助の目の前に少女が立っていた。
身長は百四十センチ位。黒いショートヘアで、前髪は花の飾りが付いたヘアピンで止めいている。
さらに背中には赤いランドセル。一目で小学生だと解る。
「……お前、いつから居た」
「んーと、お兄ちゃんがお腹減ってきたって言ったところから!」
一瞬、猫又と話している所を見られたかと焦ったが、杞憂だったらしい。
供助は心の中で胸を撫で下ろす。
「これ、お兄ちゃんにあげる!」
「あん? なんだ、これ?」
少女がスカートのポケットから取り出したのは、ピンク色の小さな包み紙。開け口には留め具の代わりに可愛らしいリボンが結ばれていた。
供助は少女の目線に合わせてしゃがみ、差し出された小包を受け取る。
「クッキー! 家庭科の授業で作ったの!」
「いらねぇよ。てめぇが作ったんならてめぇで食え。俺は受け取れねぇよ」
「でも、猫ちゃんは食べたいって言ってるよ?」
「猫……って、あ、お前ぇ!」
少女に小包を返そうとすると、頭に乗っていた猫又が素早くそれを奪った。
奪った小包を口に咥え、少女の元へと近付く。
「猫ちゃん、クッキー食べたい?」
「にゃー」
「じゃあ食べさせてあげる!」
少女はリボンを解いて小包の中からクッキーを一枚取り出すと、猫又の口元に差し出した。
「猫ちゃんもお腹減ってたんだね」
「ったく……この駄猫が」
「この猫、お兄ちゃんの猫?」
「あー、まぁ一応な」
クッキーにがっつく猫又を見て、情けなさを感じる供助。
いくら腹が減っていたからといって、小学生からクッキーを貰う猫又に涙が出そうだった。
「悪ぃな、お前のおやつを奪っちまって。あとでちゃんと躾とくからよ」
「いいよ。最初から人にあげるつもりだったから」
「それなら尚更悪ぃ事したな。友達にあげる予定だったか?」
「んーん」
少女は猫又の頭を撫でながら、小さく首を振った。
「お父さんとお母さん」
「……そうか」
父親と母親。今は亡き両親を思い出し、供助は懐かしむ。
強かった父親、優しかった母親、楽しかった毎日。温かかった、日常。
幸せだったあの頃を、思い出した。
「お父さんとお母さんの事、好きか?」
「んーん」
「嫌いなのか?」
「大好きっ!」
少女は首を振ったあと、供助を見て。
満面の笑みで答えた。純粋無垢な、眩しい笑顔で。
「お父さんとお母さん、大切にしろよ」
「うんっ!」
供助が言うと、少女は笑顔のまま頷いた。
「はい、お兄ちゃんの分」
「あ? いいよ俺は。残ったのはお父さんとお母さんにあげろよ」
「でも、これが最後の一枚だから……」
少女と話している間に、猫又は殆どのクッキーを平らげていた。
今は満足そうに口の周りを舌でペロリ。そして一言、にゃー。
供助は家に帰ったら拳骨を喰らわすと誓う。
「いらないの?」
「……わーったよ、一枚きりじゃ親にあげれねぇだろうしな。もらうよ」
一枚だけじゃ二人いる両親にあげらない。童謡みたくポケットに入れて叩けば二枚に増やせるかもしれないが、見栄えが悪いったらありゃしない。最悪、粉砕粉々だ。
供助は少女から最後の一枚を受け取り、口に入れる。
少し湿気ったようなもっさりした食感に、甘さをあまり感じない味。市販の物と比べれば美味いとは言えないが、小学生が作ったと聞けば納得出来る。
「おいしい?」
「まぁまぁだな。悪くはねぇ」
「本当!? よかった!」
供助の感想に、少女は疑いもせずに喜ぶ。
「それじゃ私、帰るね。お兄ちゃん、猫ちゃん! ばいばーい!」
空っぽになった包み紙を綺麗に折り畳んでポケットに仕舞う。
そして最後に、少女は猫又を撫でてから走って帰っていった。
「供助」
ひょい、と。猫又は軽やかに供助の肩に飛び移る。
「てめぇ、がっつきやがって」
「気付いたかの?」
「気付いた? 何にだ? お前ぇの食い意地の悪さにか?」
「あの少女……私に菓子をくれていた時、とても悲しそうな顔をしとったの」
「お前ぇを哀れんでたんだろ」
「真面目に聞かんか。それにの」
猫又は珍しく、真面目な口調で。
少女が走っていった方向を見つめながら、こう言った。
「――――あの少女から、妖怪の匂いがしたの」