少女 ‐クッキー‐ 参
「じゃあさ、妖怪って事なら私にも触れるかな!?」
「あん? まぁ、姿は猫でも一応は妖怪だからな。浮遊霊のリョーコでも触れるんじゃねぇか?」
リョーコは幽霊の為、基本物に触る事が出来ない。となると、猫も当然触る事が出来ないのだ。
更に猫や犬は感覚が鋭く、霊的なモノに敏感なものも多い。リョーコは悪霊ではないが、近付いただけで唸られる事もしばしばあったりする。
「おい供助、一応とはどういう意味かの? 私は正真正銘間違いなく妖怪だの」
「悪ぃな、俺ぁ今までドクペを飲みたがる妖怪は見た事ねぇもんで」
そもそも、なんでそんなにドクペを飲みたがるのか。前に飲んだ事があって好物になったのか、前々から興味があったのか。
後者ならば高確率で一口飲んだだけで満足するだろう。
「声からして女の子かな?」
「私かの? うむ、性別は女だの」
「猫なんだから女じゃなくて雌だろ」
「ふんっ」
「あだっ!」
供助の額に猫パンチ一発。
とある業界ではご褒美である技。
「ねっねっ! 猫又ちゃんに触ってもいいかな!?」
「ぬ? 別に構わんがの」
「ホント!? じゃあちょっとだけ失礼して……」
リョーコは手を差し出し、猫又の背中をそーっと触れる。
もふっとした感触。さらさらした猫っ毛の手触り。
「うわーうわーうわー! 猫だ! もふもふだぁ!」
目を輝かせながら、感銘を受けるリョーコ。
「そんな喜ぶような事かね」
「だって猫を触れるなんて何十年振りだよ!? そりゃ喜ぶよ!」
「……もしかしてリョーコ、猫好きか?」
「猫好き! 超好き!」
背中を一頻り撫でた次は、猫又の頭と喉下を両手で撫でる。猫好きで生前はよく猫と遊んでいたのか、撫でるのが手馴れていた。
猫又も気持ちよさそうに喉を鳴らしている。そして、撫で続ける事十分。
「っはー、満足満足」
「どんだけ撫でてんだよ……」
ようやく満足してリョーコが猫又から手を離した。
供助が十分の間に何度か止めさせようとしたが、リョーコから止めるに止めれない物凄いオーラが放たれていて無理だった。
恐るべし、猫好き。
「久しぶりに獣分を補充できたわー」
「なんだよ獣分って。養分みたいに言うな」
「猫と遊べただけで散歩をした甲斐があったよ」
満足気に手の甲で額の汗を拭うリョーコの顔は生き生きしていた。
すでに死んで幽霊なのに、生き生きというのは些か矛盾している気がするが。
「至福のひと時を過ごせたし、私は散歩に戻ろうかね」
「まだ散歩すんのかよ」
「そりゃあね、あたしは浮遊霊だから。気ままに浮遊するよ」
リョーコはなんでこの世に浮遊霊として残っているのか解らない。
気付けば死んで、この街に浮遊霊として存在していたと言う。三十年以上も前から。
覚えているのは自分が事故で亡くなった事だけ。それ以外は何も覚えていない。どのような事故だったかも、浮遊霊として残っている理由も。
ただ、元々が明るく細かい事はあまり気にしない性分。思い出せないならそのままでいいと、今の幽霊生活を満喫していた。
「じゃーね、供助」
「おう」
「猫又ちゃんも、また撫でさせてね」
「うむ。またの」
ひらひらと手を振って、リョーコは歩道へと出て行き。
文字通り溶け込むように、人並みに飲まれていった。
「リョーコと言ったか、あの幽霊は」
「あぁ。俺が生まれる前から浮遊霊をやってるらしい」
「何か理由や未練があって残っているのかの?」
「さぁな。覚えていねぇってよ」
「払い屋として記憶を思い出させたり、成仏に協力してやらんのかの?」
「金にならねぇボランティアは御免だぁね。ま、本人は今の状態を楽しんでるみてぇだから別にいいんじゃねぇの?」
「リョーコもリョーコなら、供助も供助だの」
二人のいい加減な性格に、猫又は呆れると同時に感心する。
そんな性格の二人だから、生きた人間と死んだ幽霊であそこまで仲良くなれたのだろう。
「しかし……やはりお腹が減ったのぅ」
思い出したように、猫又の腹がまた鳴った。