第十六話 結果 ‐ケッカ‐ 壱
とあるビルの地下。
完全に外の喧騒からは隔離され、コンクリートで固められた周壁。僅かに光を放つ電灯は心細く、青白い明かりが不気味に灰色の風景を照らす。
一定間隔で立ち並ぶ支柱。地下は相当広く、駐車場として使われていた。地面に残る白線と、書かれた駐車番号。よく見れば消えかかっている部分が多々ある。
ヂ――ヂヂ、ヂ。
唯一の光源である電灯は切れる寸前で、不定期に光が弱まる。
普段、ここには人は居ない。地下にも、真上にそびえ立つビルにも。元々使用していた持ち主は経営不振から夜逃げしたらしく、何年も放置されていた。
新しくこの土地を買い取る者が現れ、古くなったこのビルを取り壊して立て直すらしい。
なのに何故、誰も居ない筈の地下の明かりが点いているのか。居ないのは普段だけである。そう、普段だけ。
ならば今、この時。人工的な明かりが地下を照らし、冷たい空気が漂う現在。
普段とは違かった。少なくとも、この地この場所に住み憑いていた妖怪にとっては――。
「全く、逃げ足が速い妖怪だのぅ……!」
やれやれ、と。事がスムーズに進まない煩わしさに、嘆息する猫又が居た。
地下を疾走し、黒い着物の袖が靡く。支柱の間を縫うように、黒い影が風を切る。
前に実力査定を受けてから三日後。結果が横田からの電話によって告げられ、猫又も払い屋として働く事になった。
同時に、供助とタッグを組む相棒にも。
そして、結果報告を聞いた翌日……既に日が変わり本日、早速依頼を受けて妖怪を祓いに来ていた。
「横田が言う通り弱い妖怪ではあったが、面倒な相手だの」
愚痴を零しながら猫又が追い掛けるのは、今回の標的である妖怪。横田からの情報通り妖力は弱く、大した妖怪ではなかった。
ただ、強さの他に問題が起きていた。それは、速さ。先日戦った鎌鼬と同等に近い素早さを今回の標的は持っていた。
さらに鎌鼬の時とは違って相手が好戦的では無く、戦闘が始まってからは防戦一方で中々仕留められずにいる。
もう三十分以上は経っているが、未だに追いかけっこの最中。そして、その高い素早さを持つ妖怪というのが――――。
「ケケケケケケケッ!」
白柳徹子みたいな髪型をした、白髪のババア。
婆さん、おばあちゃん、老婆、おばば。呼び方はどうでもいい。だが、仕留められない苛立ちから猫又達はババアと言っている。
それに、おばあさんとかおばあちゃん、なんて呼べるような可愛いモノじゃない。顔はしわくちゃ、目は剥き出し。大阪のおばちゃんみたいな紫色の服。妖怪のくせに自己主張が強い。特に頭。
そんな格好のババアが腰の後ろに両手をやり、中腰の状態で高速移動するのだ。奇妙珍妙極まりない。
ちなみに紫の派手な服を着ているが、相手は有名な紫婆とは違う妖怪なのであしからず。
「ケケッ、ケッケッケッケッケーッ!」
「ぐぬ……小馬鹿にした笑い方をしおって!」
ババアは首だけ振り向かせ、猫又に対して笑い声を上げる。
奇声にも似た笑い声は、猫又が言った通り馬鹿にする意が含まれていた。
口を大きく開けて、不揃いで汚い歯を剥き出して。ババアは物凄い速さで地下を駆け回る。
「ぬっ! そっちではない……のぅ!」
ババアが左折して地下の中央へ行こうとするのを察して。
猫又は右手の人差し指に妖気を溜め、野球ボール大の小さな炎を生み出す。
篝火の派生技――灯火。
それをババアの目の前へと投げ込む。
「ケケッ!? ケキッ!」
灯火は支柱の間を突き抜け、ババアの目の前を通り過ぎた。
ババアは炎に驚き一瞬足を止めるが、直ぐさま身体を反転させて別の地下駐車場へ続く通路に入っていく。
灯火は威力が弱く、妖力の消費も低い。使用目的は火種や明かり代わりが殆んど。
ババアを倒せる程の力は無い……が、これでいい。目的は果たせた。
当たらなかったのではない、当てなかったのだ。
「うむ、予定通りだの」
外した灯火はコンクリートの壁に当たり、火の勢いは無くなる。小さな焦げ跡だけが残り、火はすぐに消えた。
猫又は方向転換したババアを追い掛けて通路へ入る。通路の長さは二十メートル。隣の地下駐車場まで一本道で、地下なので窓も何も無い。
「供助、そっちへ行ったのぅ!」
通路に入ってすぐ、猫又は出入口の前で足を止めて叫ぶ。
そして、反対側の出入口。そこに立っていた人間の名を呼んだ。