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     隣人 後 ‐リンジン コウ‐ 弐

「ほらこれ、供助君食べて」

「へ?」


 おばさんが持っていたタッパーを差し出され、供助は反射的に受け取る。


「きんぴらごぼう。沢山作ったから食べて」

「いや、でも……」

「食べなさい。子供が遠慮する必要はないの」

「……はい、頂きます」


 普段はふんわりと物腰が柔らかい性格をしているが、たまに物凄い威圧を放つ事がある。

 主に悪さをした子供を叱る時と、子供を本気で想う時。

 前者は供助が幼い頃に経験した事があり、二度とおばさんの前では悪さをしないと心に決めた。


「供助君に言われたからたまにしかお裾分けしてないけど、本当なら毎日でも……」

「いえ、それはさすがに悪いですから」

「でも、言ったでしょ? 子供が遠慮するものじゃないって」

「それでも、こっちが気を使っちまうんで。時々くらいが丁度良く有り難いです」

「供助君がそう言うなら、私から無理には出来ないけど……」


 毎日おかずのお裾分けを貰えるのは確かに有り難い。本当に有り難い。

 だが、そこまでしてもらうと、逆に悪く感じてしまう。手を煩わせているんじゃないか、負担を掛けているんじゃなかと。

 幼い頃だったら無邪気に喜んで受け取れただろうが、十七という歳になれば遠慮してしまう。


「けど、良かったわ。おかずを持っていこうと思っていた所に供助君に会えたから」

「いいタイミングでしたね」

「てっきり、電気が点いているからお家に居ると思ったわ」

「へ? ……あ」


 一瞬考えた後、口を空ける供助。

 供助からすれば猫又が居ると知っているから家の電気が点いてても不自然ではない。

 他の人からすれば一人暮らししている家の電気が点いていたら、住人である供助が家にいると考えるのが普通だ。

 だが、その家に居る筈の供助が外を歩いていれば、おかしいと思うのは当然。


「あー、その、あれはですね……」


 焦り、目を泳がせて言葉を詰まらせる供助。

 猫又の事をどう説明するか。一人暮らしの男の家に女性が住み込んでいる、というのは井戸端会議で絶好のネタになってしまう。

 正直に本当の事を話すのなんてのは論外。同居人が妖怪だなんて信じてもらえる訳が無い。

 供助の両親も、近所の人どころか親戚にも自分の職業の事は秘密にしていた。

 妖怪や幽霊なんて話題にはあがれど、一般人の認知を逸脱している存在なのだから。

 で、ほんの数秒。供助が蜘蛛の巣が張った脳みそで考えるに考えた結果。


「朝消し忘れて学校に行っちまったみたいです」


 という、無難な返答をしておいた。

 変に適当な事を言ったら後から面倒になるかもしれないし、考えるのも面倒だったので。


「あぁ、私もよくあるのよね、消し忘れ」


 おばさんは疑う素振りもせず、頬に右手を当てて微苦笑する。


「あ、ごめんなさいね、長く引き止めちゃって。お腹空いてるわよね。少し冷めちゃってるから温め直してから食べて」

「はい、有り難く頂きます」

「お腹が空いた時はいつでもウチに来ていいからね? 昔はよく遊びに来たんだから」

「それは……はい、食いモンに困った時はお邪魔させてもらいます」


 供助は作り笑いをして、おばさんに返した。きっと、おばさんの家の戸を叩く事は無いだろう。

 昔はそれなり親睦はあった。けど、昔は、だ。今は違う。

 両親が亡くなってから、供助は母方の祖父母に引き取られて引っ越した。

 それが小学六年生の時。その為、供助はこの街に空白の三年間があった。

 なまじ昔は仲が良かっただけに、今の距離感が曖昧で、どう接していいのか解らなくなる。


「それじゃ、私は家に戻るわね。そろそろ娘も帰って来るだろうし」

「あれ? まだ帰ってなかったんですか?」

「最近忙しいみたいで、遅い時は九時を過ぎるのよ」


 おばさんは眉を八の字にして、心配そうにしていた。

 歳がいくつになっても自分の娘は娘から変わる事は無い。親はいつでも子を心配するものだ。

 その様子を見て、供助は無意識に頬が緩んでいた。母親ってのは良いもんだ、と思いながら。


「んじゃおばさん、おやすみなさい」

「おやすみなさい、供助君。気を付けて帰ってね……って、大丈夫よね」

「大丈夫ですよ。いくら俺の頭が悪くても、この距離なら迷いようが無いですから」


 口を手で隠し、おばさんはクスクスと笑った。

 おばさんの家とは隣同士。供助の家まではあと十歩もあれば着く。気を付ける必要がはほとんど無い。

 最後に軽く頭を下げて会釈し、供助は数メートル先の自宅へと向かった。

 一分どころか三十秒も掛からず家に着き、玄関の戸を開ける。


「ただいま、っと」


 供助は脱いだ靴を揃えもせず、そのまま家の中に入る。

 玄関から見える居間の戸は開けっ放しで、廊下に居間の明かりが出ていた。


「おお、帰ったか供助」


 居間に行くと迎えてくれたのは、二つ折りにした座布団を腕の下に起き、畳に寝転がって漫画を読んでいた猫又だった。

 そして、所狭しと散乱する漫画。よくもまぁこれだけ散らかせるもんだと、供助は呆れを通り越して関心してしまう。


「その手に持っておるのは何だの?」

「これか? お隣さんからお裾分けしてもらった、きんぴらごぼうだ」

「きんぴらごぼうとな!?」

「喜べ、今日の晩飯はいつもより一品多いぞ」

「顔を見た事も話した事も無いが、お隣さんに感謝だのぅ!」


 寝っ転がっていた体勢からぴょん、と立ち上がり、猫又は供助が持っているタッパーの中を覗き込む。

 良い匂いがするのか、猫又の尻尾は波打つように宙で揺れていた。


「ただし」

「ぬ?」

「この散らかした漫画を片付けねぇとお前にはやらねぇ」

「なんとぉーーっ!?」


 猫又は二本の尻尾をピンと立てて、変な叫び声を上げる。


「これを私一人で……?」


 猫又が振り返ると、そこはもう漫画の海と化していた。

 一応、申し訳程度に足場がある。本当に申し訳程度だが。


「じゃ俺はシャワー浴びてくっから、戻ってくるまでに片付けろよ」

「片付けられなかった場合はどうなるのかの……?」

「きんぴらは俺だけのモンになる」

「ギギギ……!」


 供助は居間の隣にある台所に移動しながら話し、流し台の上にきんぴらごぼうが入ったタッパーを置く。

 鞄の中からも買ってきたスーパーの弁当を取り出し、タッパーの横に置いておく。


「じゃー、よーいスタート。頑張れ猫又ー、お前なら出来るーやれば出来るー」

「のぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 供助は棒読みの台詞を残して、風呂場に向かう。

 タイムリミットは十五分。それまでに漫画を片付けなければ、猫又はきんぴらごぼうをお預けされてしまう。

 必死に片付け始めるも、いやはや間に合うかどうか怪しい。

 しかしまぁ言ってしまえば、散らかした本人なのだから自業自得である。


「全然片付かん! 猫の手も借りたいのぅ……!」


 小まめに片付けておかなかった自分を恨みながら、猫又は小さく漏らした。

 現在進行形で猫の手を使っている事に気付きもせず。


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