第十五話 隣人 後 ‐リンジン コウ‐ 壱
「思いの外遅くなったな」
帰りの道中、一人呟く供助。
文化祭で使えそうな道具を探しの為、太一に駅前まで下見に付き合わされた。尤も道具探しは三十分も掛からずに終わり、その後にゲームセンターで遊んでいたのだが。
太一とは駅前で別れ、今は一人で家へ続く道を歩いている。しかし、夕方過ぎには帰るつもりだったが、予定はずれて今の時刻は夜の八時を過ぎていた。
遅くなった理由は麻雀ゲーム。供助が好きで、ゲームセンターに行った時は大体やっている。
その麻雀ゲームは一位になるともう一回無料で出来るもので、今日は運良く六連勝したのが原因であった。
「でもま、珍しく連勝出来たからいいか」
供助は麻雀で勝てて機嫌が良く、独り言を言いながら小さく笑っている。
いつもはヤラセの如く配牌が悪く、勝てる事はあっても連勝出来るのは久しぶりだった。
ただ、ワンコインだけで長く遊べていたのは喜ばしい事ではあったが、やはり長時間やるのは疲れた。
あと一時間すればスーパーの弁当が半額になるのが、今日は疲れたので妥協して三割引で買ってきた。
手にスーパーの袋は持たず、今は空っぽだった学生鞄の中に入れてある。勿論、自分の分だけでなく猫又の分も。
買い忘れたら何を言われるやら。最悪、自分の分の弁当を取られて晩飯抜きになっていまう。
「一日中ゴロゴロしながら漫画読んでる癖に食い意地は張ってるからな、あの駄猫は」
早く帰ろうと、気持ち足を早める。
明日も学校がある。正直行きたくないが、行かないと出席日数が足りなくなってしまう。
高校を辞めて払い屋として稼ぐという考えもあるが、いかんせん高校中退となると世間の目が厳しくなるのが今の世の中だ。
しかも、自分の職業は払い屋です。なんて周りには言えない。言って説明しても同情か哀れみの目を向けられるだけだ。
とりあえず、少しでも生きやすくなる為に高校卒業という最終学歴くらいは欲しいと思い、供助は面倒ながらも高校に通っている。
家まであと数十メートル。少し遠いが道路から覗ける自宅の居間の窓からは、電気の明かりが見えた。
まだ暑さが残る九月半ばだが、七月八月と比べ陽が落ちるのが早い。まぁ、七時を過ぎれば夏でも冬でも関係無く空は暗くなるが。
「あら、供助君」
と、不意に。後ろから名前を呼ばれた。いや、正しくは通り過ぎ際に横から。
振り向くと、そこには目尻の皺が多少目立ち、エプロンを掛けた女性が居た。
「あ、おばさん。こんばんは」
「こんばんは。学校帰り?」
「はい。寄り道してて」
にっこりと優しい笑顔をして話す四十路前の女性は、供助の知り合いであった。
関係は深いようで深くない。言ってしまえば、供助の家の隣に住んでいる家族の奥さんである。要はお隣りさん。
名前は知らないが、苗字は鈴木。腰まで伸びた茶色い髪を首の辺りで纏めて、目は細目。
「大変でしょう? 一人暮らしは」
「大変ですけど、まぁ慣れればなんとかなるもんですよ。最近はコンビニとか便利なモンが多いですから」
「コンビニのお弁当とか、お惣菜ばかりだと体壊すわよ?」
「大丈夫ですよ。意外と人間の体って丈夫に出来てるみたいなんで」
カラカラと、供助は笑って答える。
隣のおばさんとは供助の母である香織が生前、仲が良かった。小さい頃はよく、両親が仕事で長く家を空ける時なんかは預けられたりしてお世話になっていた。
家族ぐるみで出掛ける事も多くあって、両親が生きていた頃は頻繁に家に遊びに行ったり、逆に来てたりもしていた程だ。
けど今ではもう、懐かしい記憶の一つ。




