隣人 前 ‐リンジン ゼン‐ 参
「古々乃木君……バイトしてるんだ」
「あ? あー、まぁな。色々あんだよ」
「……そう、だよね」
意外な事に、委員長から供助に話し掛けてきた。
さっきまでの怒った様子ではなく、しんみりと。落ち込んだような感じで。
供助が通う石燕高校はバイトを禁止してはいない。自由にしていい事になっている。だから、その点について委員長が何かを言う事はない。
ただ少し。違ったのだ、様子が。雰囲気が。
「よし行こうぜ、供助」
「おう」
鞄を手に太一が戻ってきた。
「んじゃ委員長、見積もりは明日持ってくるから」
「うん、お願いね田辺君」
田辺が戻ってくると、委員長の調子はいつも通りに戻っていた。
口煩さが無ければ、委員長は可愛い部類の女の子に入る。一緒に昼飯を食いたいかと十人に聞けば、半分以上はYESと答えるだろう。
「……じゃあな」
「うん、古々乃木君もじゃあね」
振り返りざま。供助は軽く手を上げて、呟くように言った。
それに委員長も、少し物悲しげに返した。
あとは振り返る事もなく、供助と太一は教室を出て行く。
「おい供助」
「あん?」
「俺が鞄を取りに行ってる間に、委員長に何か言ったのか?」
「何も言ってねぇよ。なんでだ?」
「いや、なんか……委員長が暗い顔していた気がしてさ」
「気のせいだろ」
供助は太一から目を逸らして、背中を丸め廊下を歩く。
太一が言った事は間違いじゃなく、委員長は表情は少し暗くなっていた。
その理由に心当たりはあった。しかし、供助は知らぬ振りを、何も無かった振りをした。
答える必要も、意味も特に無かったから。そして何より、説明するのも面倒だった。
「それより太一、てめぇ裏切りやがって。何が俺に任せとけだよ。結局手伝わされたじゃねぇか」
「何言ってんだよ。なら、あのまま長時間捕まってガミガミ口煩く文句言われてた方が良かったか?」
「俺ぁドMじゃねぇんで」
「だったら、俺の仕事を手伝えよ。そんな時間掛かんないだろうし、さっさと終わらせてゲーセンでも行こうぜ」
「ったく、どっちにしろ家には帰れねぇか。ゆっくりしたかったんだけどな」
「委員長の小言よりマシだろ」
「まぁな」
それに考えてみれば、早く帰れていたとしてもペットが一匹居たのを忘れていた。人型のでっかい猫が。
最近は漫画にハマって、供助が買い集めている漫画を読み耽っている。
起きて飯食って、漫画読んで飯食って、風呂入って寝て。いいご身分である。全くもって羨ましい。
「最近はお前の家に集まれないしさ」
「悪いな。今ちょいと家の中が散らかっててよ。人を呼べる状態じゃねぇんだ」
ある意味、嘘は言っていない。
猫又が読みっぱなしの漫画を片付けずに散らかしているし、猫又の事をどう説明していいのやら。
この前の三連休以来、供助の家に集まって遊んでいなかった。
「それに、祥太郎も文化祭の準備で忙しそうだしな。あいつ、俺と違って真面目だし」
「そうだなぁ。んじゃ、文化祭が終わったら供助の家で遊ぼうぜ。打ち上げも兼ねて」
「考えとく」
猫又が居る以上、太一達を家に呼ぶ事は出来ない。かと言って、今まで遊んでいただけにダメとも言えない。
とりあえず曖昧な返事をしておく。
「さっさと駅前行くか。早く済ませちまおう」
「そうだな。夕方過ぎて混む前に行くか」
話題を変えるのも含めて。供助は心持ち足早に歩き出す。
他の教室だけでなく、廊下も文化祭の準備で色んな材料が置かれている。
賑やかな校内に反して、ローテンションの供助。自分だけ取り残されたような、置いてけぼりを食らったような。妙な感覚。
なんだか自分が居ていい所じゃないような気がしてきて、さっさと学校から出たかった。




