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    払屋 ‐ハライヤ‐ 参

 手に持つ包丁の切っ先を供助に向け、女のカタチをした妖怪は走る。

 動きは気味悪く。体中をかくかくと揺らし動かし。顔は真横に曲げて涎は垂れ流し。

 それに対し、供助は落ち着いて。体をゆっくりと半身にして、腕を上げて構える。

 構えに名前なんてない。誰かに教わったものでもない。戦いやすいから、それだけの理由。


「食べモンの恨みは怖ぇって言うが、女の恨みも相当なもんだな……っとぉ!」


 脇を締め、小さく速く。供助は利き腕である右手を振り上げる。

 ひゅ、という風切り音の直後。ぺきん、と小気味の良い音。

 音の原因を引き起こされた側とすれば、小気味が良い音で済まされたら堪らないが。


「ギッ!? ィィィイイイイィィィィアアアアアァァァァァァ!」


 供助へと突き出した妖怪の手が、歪な形へと変わる。骨が折れ、指は曲がり、肉を破る。

 持つ事が叶わなくなった包丁は地面に転がり、妖怪は叫ぶ。歪んだ顔をもっと歪ませ

 妖怪に骨という概念が存在するのかどうかは怪しいところだが、人の負の感情によって生み出された妖怪で人の形をしているならばあるのかもしれない。

 いや、こうして痛がり、肉の中から白い棒みたいなのが突き出ているのを見るなら、この妖怪には骨があるみたいだ。


「一つ、聞きたい事があるんだがよ」


 (うずくま)る妖怪を見下ろし、供助は髪を片手で掻き上げる。

 別に整える訳でもない。ただぶっきらぼうに邪魔臭いと感じた前髪を避けるだけ。


「人を喰う妖怪を知っているか? 袖無しの着物を着た、髪の長い奴だ」


 しかし、供助の目は。睨み付けるような目付きに変わり、声にいつもの軽さは消える。

 静かながらも激しい憤怒の篭った声。鋭利な刃物のように鋭く冷たい目。

 普段のっぺらと面倒臭がり屋の供助からは想像も出来ない、感情を剥き出しにした表情。


「痛イ! イダイイダイイタイ! 憎イ痛イ憎イイダイィィィィィィィイイイッ!」


 が、女の姿をした妖怪の耳には入っておらず。供助の問いに対して砕けた手の痛みに悲鳴を上げているだけ。


「知る訳ねぇか。人を襲いはしても喰ってはいなさそうだしな」


 ふぅ、と溜め息一つ。期待はしていなかったが、こう情報が無いと溜め息も出てしまう。

 供助が払い屋のバイトを始めた理由、それは生活費以外にもう一つあった。


 ――――両親を喰った妖怪を探し出し、自分の手で仇を討つ。


 五年前からずっと、生きる目的の大きな一つとして供助の心に存在する。

 大好きだった人達が喰い殺され、大好きだった日常が喰い壊された、あの日から。仇を討つ為に生きて、復讐する為に鍛えている。

 そして、少しでも両親を喰い殺した妖怪の情報を得ようと、バイトで妖怪を払う際には必ず問い掛けている。


 人を喰う妖怪を知っているか――――と。


 だが、バイトを始めてからこの一年。まだ一度も人喰いの情報が入った事は無い。

 そして今回も、全く情報が手に入る事は無かった。


「まぁ、なんだ……人間の勝手で生んじまって悪ぃとは思うがよ」


 人……主に女性の妬み、恨み、辛み、憎み。それら負の感情が集まり、それを元に生まれた霊。怨霊とも言えよう。

 名前という名前は無い。人間の汚く、醜い部分が具現化した存在。

 普段は表に出せず、溜まりに溜まる裏の感情と本音、ストレス。吹き出物のような感情。

 この妖怪に意思は無い。生み出された元の感情を吐き出し、憂さを晴らすだけ。


「お前のせいで迷惑がってる人がいるんでね」


 痛がり悶絶する妖怪。長い髪は乱れて頬に張り付き、変形した右手を左手で覆う。

 それを尻目に、供助は身体を捻り、右腕を大きく振りかぶる。拳を握って力を込め、打ち込む箇所を見定めて。

 狙うは顔、頭部。この一撃で仕留めると心で決める。


「人間の勝手で生れたんだ、人間の勝手で逝ってくれ」


 最初の妖怪の手を砕いたのとは違う。

 大きく構え、大きく力を溜め、大きく振りかぶり。


「じゃあな」


 ――――パァン!

 大きな、音がした。風船でも割れたかのような、大きな破裂音。

 妖怪の首から上は供助の一撃によって、吹っ飛ばされ飛び散る。

 地面の土、草の葉、木の幹。所々にその肉片が散乱した。

 自分の頬に一片。付いた小さな血肉を、供助は手の甲で拭う。


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