鎌鼬 ‐カマイタチ‐ 漆
「だが、あの技には欠点があっての」
「欠点?」
「うむ。あの篝火という技は妖力を多く消費しての、そうそう連発出来るものではない。体調が万全の状態でも二発が限界だの」
「たった二発かよっ!?」
嬉しい誤算のあとには、嬉しくない誤算があった。
しかも、二発と言っても万全の時で、である。何かしらで妖力を消費してしまえば、二発は打てない。
妖怪と戦闘する場合、まず確実に攻撃以外でも妖力を使う。近接での格闘、回避行動、索敵など様々。
つまりは実質、一発限りと思った方がいいだろう。
威力が高い分、必要な妖力が大きい。威力と射程距離の優秀さを考えれば、このリスクは当然である。
「糠喜びかよ……」
「回数は少なくとも使える事には変わりない。供助が一人の時よりは楽になるのは確かだの」
「まぁな」
使用回数は二回と言えど、供助の弱点を補ってくれるのには変わりない。
その事は供助も重々承知している。
「とりあえず帰るか。帰って寝てぇ」
「帰りも歩きと思うと憂鬱だのぅ……」
既に火は消え、鎌鼬の姿は完全に消滅した。
地面に残るは焦げ跡のみ。骨はおろか灰すら残らない。
依頼を終えた二人は工場を背にして、帰路に立つ。
「ところで供助」
「あん?
「先程言うたろう? 私の炎の技は妖力を多く使うと」
「あぁ、カガリビ……だっけ?」
「ここで相談なんだがの」
「なんだよ」
「腹が減っってしまってのぅ」
猫耳をペタンと下げて。猫又は自分のお腹を摩る。
「我慢しろ」
「ぬぅ、そこをなんとか。お腹と背中がくっつきそうだの」
「安心しろ。今まで空腹で腹と背中がくっついた奴はいねぇよ。くっつく前に餓死だ」
「うー、腹が減ったのぅ」
ぐぎゅるぅぅ。猫又の腹から、大きな腹の虫が鳴った。
辺りには建物は無く、車も全く走っていない。
静かなここでは、猫又の腹の音がよく聞こえる。
「腹ペコだのぅ。ひもじいのぅ」
「……」
「うぅ……ご飯が食べたいのぅ、ご飯が食べたいのぅ」
「あーうっせぇな! 戦時中のガキみてぇな事言いやがって!」
供助は無視して先を歩いていたが、独り言を言う猫又のしつこさに我慢出来なる。
「腹が減ってしょうがないんだの」
「わぁったよ、飯食わせりゃいいんだろ!」
「本当かの!?」
「ずっと後ろでブツクサ言われたら堪ったもんじゃねぇからな」
項垂れる供助とは逆に、猫又の表情は明るくなる。
それはもう、漫画ならキラキラと光るエフェクトが出てそうな程。
「けど、この時間じゃやってる店っつったら限られてるからな……コンビニか牛丼屋か」
「牛丼!? 牛丼がいいのぅ、牛丼!」
「つーか、前にも言ったが猫がネギ入ったモン食うなよ」
「牛丼特盛り! 玉お新香味噌汁付きだの!」
「ふざけんな、牛丼並盛り一択だっつの!」
「それでも構わん! 牛丼だのーぅ!」
ひゃっほう、なんて言って。猫又は子供みたいにはしゃぐ。
「ツユだくネギだくだのぅ!」
「はぁ……牛丼一つではしゃぐなよ、なんか悲しくなるだろ」
スキップしながら先を行く猫又を見て、供助は何とも言えない気持ちで肩を下げる。
牛丼でここまで喜ばれると、普段はろくな物を食べさせていないみたいである。
いや、毎日がスーパーの半額弁当な時点でいい物とは言えない。
「紅しょうが盛るのぅ、超盛るのぅ!」
「……まぁ、いいか」
微苦笑を浮かべ、小さく呟く。
なんだか、あんなに喜んでいる猫又を見たらどうでも良くなって。
無意識に笑みが零れた。
「ったく……程々にしとけよ、恥ずかしいから」
供助はがしがしと頭をぶっきらに掻いて、猫又を追い掛けた。
別に特盛り位ならいいか、なんて思いながら。




