翌日 -ボサコ- 伍
「それにあの時の皆の様子が変だったっていうか、異常っていうか……凄く怖くて」
「……」
「今日だって学校に来てみたら、昨日居た人はみんな欠席してるし……なんか不安になってさ」
弁当を突く箸を止めて、昨日の出来事を思い出す祥太郎。
供助は黙ったまま話を聞き、大きくベンチの背もたれに寄り掛かって面倒臭そうに溜め息をついた。
「集団パニックってヤツだろ。誰かが騒いだから連鎖して周りも騒ぎ出したんだよ」
本当の原因を知っているが、それを正直に言う訳にもいかず。
適当に考えて適当に思い付いた事を適当に言って。適当な嘘の理由でそれっぽく誤魔化す。
「集団パニックって……でも、そんな事が簡単に起きるものじゃ……」
「簡単に起きるもんだろ。コックリさんとか良い例だ。小せぇモンでも切っ掛けがありゃ、誰だって錯乱するもんだ」
「コックリさん、かぁ。そういえば昔に結構大きな騒動があって、警察沙汰になった件もあったって聞いた事ある。学校によっては禁止されてる遊びだもんね」
たかがコックリさん、されどコックリさん。昔からある有名なテーブルゲームの一つ。
複数人で行う事で一種の降霊術とも言われ、意識に関係なく勝手に指が動いて心霊現象を引き起こす。
が、今では色々と調べられて科学的には『筋肉性自動作用』と言われる現象だと解明されて、実際はは心霊現象ではないと言われている。
しかし、それを知らなければ純粋な恐怖でしかない。複数人が同時に、それも強い思い込みで騒ぎ出せば、孕んでいた恐怖は同調から増幅へ変わるもの。
「つーか、あんだけの人数で囲っておいて自分等が逃げたんだ。体調より面子的に情けなくて学校に来れねぇだろうよ」
くだらねぇ、と。心の底からうざったそうにして、前髪をいじる供助。
周りが何をしても、何を騒ごうがどうでもいい。が、勝手に巻き込んで来るなと言いたい。
供助は周囲に興味が無い。だから、人間関係も必要ない。どういう形であれ、自分に関わってくる者は面倒臭いだけだった。
当然、今も例外じゃなく。昨日の事を適当に誤魔化す為に、渋々で祥太郎の相手をしていた。
だが、それもようやく終わり。完全に納得させられてなくても、『そうなのかもしれない』という思考を欠片でも与えられたなら十分。
あとは自分にとって一番都合の良い方へと勝手に解釈して、勝手に納得して、勝手に解決する。人間とはそういう生き物だから。
「古々乃木君、さっきから前髪を気にしてるみたいだけど……邪魔なら散髪に行ったら?」
「……」
失言……だったのだろうか。
祥太郎へ横目で見て来た供助の視線は、とても渇いて冷めたもの。
数秒の間が空いてから、視線を正面に戻して供助が口を開いた。
「……金掛かる事ぁ言えるかよ」
「え?」
「なんでもねぇ」
それが祥太郎への返答だったのか、独り言だったのか。
隣に座る祥太郎にも聞き取れない程に小さな声。寂しさと心苦しさを含んだ、悲しそうな声。
ここで初めて感情のこもった供助という人物を、祥太郎は見れた気がした。
「話はもういいだろ。じゃあな」
そして、供助はベンチから怠そうに立ち上がる。
まるで何かをはぐらかすように。
「茶、ごちそーさん」
供助は教室へと歩いていき、背中越しに貰ったお茶のペットボトルを軽く振って見せた。
それと同時に鳴ったのは、午後の授業が始まる五分前を知らせる予鈴。
「え? あ、わっ、もうそんな時間っ!?」
供助と話していて、すっかり時間の事は失念していた祥太郎。
慌てた際にズレた眼鏡を直してから、口に入るだけのご飯とおかずを掻っ込んだ。
さすがに五分で食べ終えて教室に戻るのは無理だと、完食は諦めて半分は残っている弁当に蓋をすると。
ずっと無言を貫いていたボサ子もベンチから立ち上がり、そのまま足早に供助の後を追うように歩いて行った。
――――と思えば。急に振り返って、祥太郎の方へと目を向けた。
「あ、えと、ボサ……」
「――ッ!」
予想してなかった相手の行動に戸惑いを見せ、思わず彼女のあだ名を口にしそうになった所を、無言の圧で止められた。
そして、彼女は胸元に両手を当てて、下唇をきゅっと噛んでから。
「わ、私の名前は遠坂多来! ボサ子って呼ばないでっ!」
何かを決意したかのように表情を強張らせ、祥太郎へと強い眼差しを向けて出した続く言葉は。
「あと私は……ここ、古々乃木君の彼女です!」
最後にそう言って、ボサ子……もとい多来は、先に行く供助を追って走り去っていく。
突然の彼女宣言。聴こえてくる授業開始の予鈴。
思考がまとまらず、状況がよく呑み込めず。
とりあえず、まぁ、まず。祥太郎は口の中の物を飲み込むのであった。
「……普段、なに話してるんだろ。あの二人」




