翌日 -ボサコ- 肆
「古々乃木君、いつも昼休みは教室にいないけど、ここで食べてたんだ」
「……」
「ここなら人も居ないし、静かでいい場所だね」
「……」
しかし、またもや供助の口は閉ざされて沈黙が続く。
供助と少し離れて同じベンチに座るボサ子も、黙々と自分の弁当をつついているだけ。
早くも心が折れそうな祥太郎。度々起こる、この沈黙の間が怖い。辛い。
だが、予想外にも。さっきまで返答が無かった供助が口を開いた。
「なんで俺の名前知ってんだ?」
「え? なんで、って……クラスメイトなんだから名前くらい覚えてるよ」
「同じクラスっつっても俺と関りねぇだろ。よく覚えられんな」
「ちなみにだけど、僕の名前は……」
「知らねぇ」
「……だよね」
淡々とした口調で気遣いも無い。
供助はがっくりしている祥太郎を尻目に、オニギリの最後の一口を大きく頬張る。
そして、口の中の物を咀嚼しながら、視界に入る長い前髪を邪魔そうに摘まむのだった。
「僕は大森祥太郎。出来れば覚えて欲しいんかな」
「祥太郎、ねぇ。覚えてる内は覚えとく」
「はは……」
全く覚える気が無さそうな供助の反応に、祥太郎は苦笑で返すしか出来なかった。
供助が淡泊なのは率直な反応であって、そこに嫌悪がある訳じゃないは分かっている。
悪意や拒否があれば、そもそも会話に付き合ってくれていないのだから。
それに、お礼であるお茶を受け取ってくれた事がその証拠とも言えよう。
「それと、あの、気になってる事があるんだけど」
「……」
歯切れの悪い言い方をする祥太郎へ、供助は前髪を摘まんだまま視線だけを向ける。
恐らく無言は拒否ではない。と予想して、祥太郎は続けていく。
「古々乃木君と同じベンチに座ってる人って……」
祥太郎が座ったまま少し前に屈んで、間隔を空けて供助の横に座る女子生徒へ視線を送る。
同じく供助も、姿勢はそのまま視線だけを隣人へと向けた。
座っていても分かる猫背に、制服の下から見える細い手足。肌は色白で身長も150センチ程。
黒髪のボブカット……なのだろうが、癖毛でボサボサ。化粧の類は一切してなく、目のクマが印象に残る。
全体的に華奢で根暗なイメージ。髪に艶があるあたり、ちゃんと洗って清潔ではあるのだろう。
「昨日の倉庫で一緒に居た人、だよね?」
明らかに意図的に供助と同じベンチに座っているのが分かるし、ずっと無視しているのも気が引けて。
供助と話す際に振り絞った勇気を、さらに絞り出して。祥太郎が意を決して声を掛けた。
が、しかしと言うか。やはりと言うか。これといった反応は返ってこない。
相手は食べ終わった弁当の箱を、可愛らしい柄の巾着に仕舞っていた。
「あの、古々乃木君」
「あん?」
「昨日の事なんだけど、さ……」
祥太郎は気後れしながら、弁当のおかずの卵焼きを箸で突く。
「古々乃木君って凄いんだね。あの人数を相手に全然物怖じしなくて」
「大した事じゃねぇよ。あんな群れないと強がれねぇ奴等なんて」
「弱気な僕には真似出来ないなぁ」
「お前は少しぐらい抵抗しろよ。なんもしねぇから教室でも遊ばれて笑われんだ」
「ぼ、僕……昔から怒ったりするの苦手なんだ……」
口から箸を離して俯く祥太郎。
ウジウジと情けない様子に、供助も多少の苛立ちを覚えてしまう。
しかし、そこまで他人に関わらない生き方をしている供助は、すぐにその感情は消えた。