第百十二話 翌日 -ボサコ- 壱
次の日、学校。気分が暗く曇った気持ちでも、空は皮肉にも綺麗に晴れている。
そんな青天井を校舎の廊下の窓から眺めつつ、重い足を動かして歩く祥太郎の姿がそこにあった。
別段なにか悪い事も良い事もしていないが、あんな事があった昨日の今日な訳で。祥太郎は登校するのが怖くて強い抵抗があった。
自分が何かをした訳でないが、いじめというのは理不尽なもの。いつもあるのは加害者側の主観で判断され、優先される。
昨日のいじめは未遂で終わり、怪我もなく無事に家に帰れた。しかし、結果は良くても過程に問題がある。
それは加害者側の生徒達が、いじめを未遂で終えた事が意図的ではなかった、という点。
女子生徒達が暴れ出して、男子生徒達は何も出来ずにいた上に、逃げ出した者も居た。そんな醜態を晒せば、恥以外の何物でもない。
それもあって昨日の件を誤魔化し、はぐらかす意味も含め、逆恨みで絡んで来るのは容易に予想出来た。
「はぁ……いやだなぁ」
眼鏡のレンズ越しの瞳は憂いに染まり、浮かない表情で大きな溜息が思わず出てしまう。
仮病を使って休む手も頭にあった。しかし、それは問題の先送りでしかないし、何日も使える手段じゃない。
それに両親に心配させるのも嫌だった。だから、祥太郎はいじめが悪化するのを覚悟して、登校する事を選んだ。
憂鬱な気分で教室に入ると、祥太郎の予想通り。
早速、いつものメンバーに絡まれ―――なかった。
「あれ?」
教室は普段と変わらず朝の賑やかさ。しかし、見たくも無い見慣れた顔の生徒……いつもいじめてくる男子生徒達の姿が、どこにも無かった。
予想外の事に足を止め、教室の入口で中を見回してみるも。やはり居ない。
「なんでだろ」
正直言って、嬉しさと安堵があったのは確かだ。だが、それと同等に不思議……いや、奇妙さを感じている自分も居た。
予鈴とほぼ同時に担任が教室に入ってきて、祥太郎は急ぎ足で自分の席に向かう。
その際に、中央近くの席に座る供助の姿が確認できた。昨日感じた威圧感など微塵も無い。祥太郎が知る、特に目立たず大人しい供助だった。
椅子に座り、朝のショートホームルームが始まると。担任はいつも通りに出席を確認した後に、登校していない生徒……つまりいじめグループ達の欠席理由を述べていく。
「今日は欠席の人数は多いが――」
そう前置きをしてから言った欠席理由は、風邪、腹痛、頭痛。よくある捻りの無いものばかり。
表では優等生を演じていた生徒達だ。その表っ面の良さを保つために無断欠席せずに連絡は入れたのだろう。
しかし、昨日起きた一件の事を知っている祥太郎にとっては、自分をいじめていた生徒全員が欠席しているのが偶然の一致という言葉だけで済ませれなかった。
いじめグループが居ない事で一日の安寧が約束された事に喜びを感じつつも、同時に言い様の無い不安が心に残る。
昨日の倉庫前での出来事を思い出せば尚の事。そして、もう一人の当事者に視線を向けると。
無関心だから無表情で、無関係だと無反応のまま。供助は普段と変わらない態度で、静かに座っているだけだった。