録画 -タノシイネェ- 陸
「うわっ!? こ、古々乃木、君……!?」
言うまでもなく引っ張ったのは供助だった。しかし、祥太郎には見向きもせず。
入れ違いに立ち位置が入れ変わり、代わりに対面する供助。
襲い掛かってきた女子生徒に怯えも、竦みも、戸惑いもしないで。相手の顔を鷲掴みした。
当然、それだけで動きは止まらない。ばたばたと暴れて抵抗する女子生徒……だったが。
供助が僅かに目を細め、掴む手に少しの力を込めると。女子生徒から人の者とは思えない、激しい金切り声をあげる。
「きぃぃぃぃぃ!?」
「そいつはお前のモンじゃねぇだろ。さっさと出てけ」
「き……っ」
そう言って供助がさらに睨み付けると。
蝉の断末魔に似た声を最後に、糸が切れた人形ように倒れ込む女子生徒。
そして、他の男子生徒を襲っている残りの女子生徒が二人。
一人の女子生徒が倒れたのに気付き、先ほどまで獣のように暴れていたのが一転。
何を感じ、何を察したのか。供助を見て、今度は逆に向こうが怯え始めた。
「ぃ、いいぃぃぃ……」
「テメェ等もだよ」
そして、ひと睨み。思わず圧倒されてしまう鋭い視線に、その場に居た全員が息を飲む。
刹那。不可視の何か。風でもない透明な何かに、身体を押される感覚に陥った。
圧……そう、言うなれば圧。威圧。身体が押されたのではなく、気圧されたのだ。
「い――ィ」
一人目の時と同じく。女子生徒二人は同時に短い悲鳴をあげた後、意識を失って近くにいた男子生徒へともたれ掛かった。
先程までの狂暴な様子は消えて、もう動く気配は無い。完全に気を失い、顔からも悍ましい表情が消えている。
ついさっきまでの混乱と騒動から打って変わって。人気の無い倉庫の、いつもの静けさに戻った。
残っていた男子生徒は三人。今も何が起きていたのか理解に届いておらず、軽く放心状態。思考が停止して呆けたまま。
「……」
供助は無言で足を動かして、歩くこと数秒。
歩みを止めた足元には、女子生徒が投げ捨てたスマホ。それも仲良く三台揃って。
それらを拾って画面を見ると、全部が録画状態で起動されたままだった。
供助は慣れない手付きでスマホを操作して、さっきの出来事が録画された動画を消去する。
「おい」
不意に供助が一人の男子生徒に声を掛けると、肩を跳ねさせて反応した。
供助は倒れた女子生徒達を一瞥してから、拾ったスマホを三つ……男子生徒へとぶっきらに投げ渡す。
「もう関わってくんな」
「ひ、ひえ……」
連れて来た時は大人しかった奴が、今は目が合うだけで金縛りになるような威圧感を放ち、普段の無言でボッチという印象は欠片も無い。
残っていた三人の男子生徒は一人につき女子生徒一人を背中に負ぶさって。供助の眼力に気圧され、何も言い返せず足早に去って行った。
供助達をいじめる目的で取り囲んだのに、去っていく後ろ姿はなんとも情けない。
「ちっ……」
それを見て、うざったそうに舌打ちする供助。
小さくなっていく男子生徒達へ蔑みの目を送ってから、倉庫前で座り込んでいる二人へと面倒臭そうに近寄っていく。
「あ、ありがとう、古々乃木君。助けてくれて」
「少しは抵抗しろよ」
「ご、ごめん……何が起きてるのか訳が分からなくて、怖くて……」
「情けねぇ」
言って、供助はまた舌打ち。その目は侮蔑というよりも、ひたすらの呆れからのものだった。
そして、残るもう一人の前で屈む。
「ひ、っ……!」
さっきまで錯乱していた女子生徒を圧倒し、いじめグループを一人で返り討ちにした相手が目の前に居る。
さらに目付きも悪く、表情も殆ど変わらず考えが読み取れない。そんな供助に対し、ボサ子が恐怖を覚えるのも無理はない
「もう行くなよ。次は知らねぇぞ」
「つ、ぎ? 行くな、って……」
それだけを言って、ボサ子に何も返さず。供助は立ち上がって踵を返し、そのまま倉庫から去って行った。
クラスメイトとして供助の事は知っていたが、今までの印象とは全く違う一面を見た祥太郎。それどころか、同級生とは思えない目付きを雰囲気。
きっとそこには並々ならぬ背景があるのだと、祥太郎は自然と感じ取っていた。
「……」
「……」
ついさっきまでの騒々しさから、一気に広がる静けさ。
騒動と静寂の寒暖差に、最終的に残された祥太郎とボサ子はしばらく呆けていた。
今の今まで接点どころか顔も名前も知らない二人。
嵐が去った静けさの中で、何とも言えない気まずさを感じるも。内向的な性格の二人が、初対面の相手と会話なんて発生する筈もなく。
少しの距離と時間を空けて。無事だった事に安堵を覚えつつ……自分達も帰るのであった。




