鎌鼬 ‐カマイタチ‐ 伍
「粗方、仲間がやられたのを見て怖気づいたんだろうの」
猫又は手に持っていた鎌鼬の遺体を一度見やり、軽く投げ捨てる。
どちゃ。そんな乾いた音をさせて鎌鼬の遺体は地面に転がった。
「ちっ、逃げられたら面倒臭ぇ。追うか」
「いや、その必要は無いの」
「あん?」
「私に任せろ」
追おうとする供助を制止させ、猫又は一歩前に出る。
そして、おもむろに右手を前に出した。
掌に力を集中させ、凝縮する。
「ふっ!」
短い吐息。
同時に、掌に集めた妖力は別のモノに姿を変える。
目に見えぬ妖気を、視認できるソレへと。
右手に現出されたのは、ゆらゆら揺れ、暗闇を照らす。
真っ赤に燃ゆる、轟々たる炎。
「へぇ、芸達者じゃねぇか」
「昔取った杵柄だの」
猫又の持ち技である一つ。
妖力を炎に変え、発火させる特技。
猫又は篝火と名を付けている。
「ふんっ!」
それを、逃げる鎌鼬へと投げつけた。
思いっ切り、大きく腕を振りかぶって。
猫又の手から放たれ、大きな火柱が鎌鼬を襲う。
「キキ――ッ!?」
迫る炎。肌が焼ける程の熱気を纏う、妖気の塊。
必死に逃げる鎌鼬の背中を、赤炎が一気に――――。
「あ」
「あ」
――通り過ぎた。
高速道路で追い越し車線を走るスポーツカーの如く。
赤い炎だけに、真っ赤なポルシェみたいに。
二人の口からは、間の抜けた一言が漏れた。
「さて、見失う前に追い掛けるか」
「ま、待つんだの! そう焦るでない!」
追い掛けようとする供助を止めるが、焦るなと言った猫又の方が焦っている。
「私の篝火はこれだけではない――」
言って、猫又は火柱を放つ右手を大きく上に翳し。
「――の!」
そして、一気に振り下ろす。
すると、猫又の動きに連動して炎の軌道が変化した。
鎌鼬を通り過ぎ、上空へ登っていた炎は。
軌道を整え、頭上から鎌鼬を覆い尽くす。
猫又のもう一つの技。篝火の応用、発展技。
その名も――――追篝《おいかがり。》
「キ……!」
短い悲鳴。気付けば目の前に炎が迫り、気付けば火だるま。
鎌鼬の体は一瞬にして炎に包まれ真っ赤に揺れる。
すでに意識は無く、命も無くしたのだろう。
声も聞こえず、体も動かず。
推力を失った鎌鼬は重力に逆らえず、火衣を纏い落下する。
「おー、イタチの丸焼き」
「食えたものではないがの。食いたいとも思わんが」
猫又は手を軽く振って炎を消す。
地面に落ちて燃える鎌鼬からは、炎に混ざり、蒸気にも似た白い煙が上がる。
妖怪が死した証である白煙。それが出ているという事は、もう動き出す事はない。
「うむ、一丁上がりだの!」
めらめらと燃え上がる鎌鼬を一目見て、納得気に頷く猫又。
二本の黒い尻尾もご機嫌に揺れている。
「何が一丁上がりだ、まだ三匹目が出てきてねぇだろ」
「その点は大丈夫だの。三匹目は居らぬ」
「なに?」
「今ので最後だの。ここにはもう妖怪の匂いはせん。お前も霊感を澄ましてみるといい」
「ああいう神経を削るようなのは苦手なんだよ。出来ねぇ事はねぇけどよ」
渋い顔をして、供助は頭をかく。




