録画 -タノシイネェ- 肆
「早くしろよ! 本っっ当にボサっとしてんなぁ、アンタはさぁ!」
一向に行動を起こさない三人……特にボサ子へ苛立ちを募らせ、女子生徒はさらに声を荒げると。
突如、ボサ子の視線が泳ぎ始め、その場で膝を突く。
「待、って……やだ、やだ……」
「嫌じゃねんだよ! あたし達がわざわざ時間を作ってやったんだからさぁ!? 何もせずおウチに帰るワケじゃないよねぇ!?」
「いらない……お礼なんて……やだ……! やだ……!」
「ブツブツ言ってんじゃねぇよ、キショいっての! いい加減、に……え、なに?」
女子生徒がボサ子へと向けていたスマホ。それが一瞬、ノイズが走って画面が大きく乱れる。
そして、元に戻った画面の先。カメラが捉え、画面に映り込むナニカ。明らかにさっきまで映っていなかったモノ。
あまりの不自然な現象に不理解と不可解が混ざり、思考が戸惑いの間を生んで数秒後。
「ひ、ひゃああああああぁぁぁぁぁぁ!?」
女子生徒が大きく悲鳴をあげ、スマホが激しく投げ捨てられる。
「どうしたよ?」
「い、今カメラに変なのが映って……」
男子生徒が声を掛けると、女子生徒は怯えた様子で地面に転がるスマホを指差す。
次の瞬間、ボサ子の様子がさらに異変する。
「や、やめ……やめて……! 違う、そんな事思ってない……思ってないからっ!」
その場で体を小さくさせて蹲り、頭は両手で覆って。ボサ子は異常な怯え方を見せ始めた。
いじめてくる周りの生徒達に対してじゃない、何かもっと別のものに怯えている。
そして、どこからか流れてくる、ひやりとした空気。今日は空も晴れ、春先で温かいのに。首筋をなぞる様に吹き抜けていく不気味な風。
「ちっ……」
肌を撫でる、冷たく湿った風に。供助は不愉快そうに舌打ちし、鋭い目つきがさらに鋭くなる。
学校の敷地内の外れとは言え、日当たりが悪いわけじゃない。通常とは違う、異怪の温度……空気の質が変わる。
温かく鳥肌が立ち、冷たく汗が滲む。重さ、暗さ、言葉に出来ない怖さ。
ボサ子を中心に黒いモヤのようなものが渦巻き、錯覚でも見間違いでもない。
『楽しいかい? 楽しいかい?』
どこからか聴こえてくる女の声。少女、妙齢、老人……どれとも当てはまるようで、当てはまらない。
しかし、その声は明らかに異質でだと解り、酷く口籠り、口に水を含んだまま喋っているような。
その声がどこからか聴こえた直後、スマホを投げ捨てた生徒が白目を剥いて痙攣し始めた。
『嬉しいかい? 嬉しいかい?』
再度、聴こえてくる女の声。
失神している筈なのに、不自然に直立不動で痙攣している女子生徒は、次第に顔色が真っ青に変色して。
さらには口から泡がブクブクと。そして、口内に泡を溜めたまま。
「楽しいねぇ楽しいねぇ」
そう喋った女子生徒の声は、あの不気味な女の声そのもの。
いま目前で起きている事が……これは日常から外れた異常だと。周囲の人間達が認識する引き金としては十分であった。




