舌打 -ショケン- 参
「え、なに? なんか俺、いじめてるみたいじゃん。なに? 俺悪者?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「っはー、シラケるー。なにこれ、うっざ」
さっきまでの軽い態度は打って変わり、不快そうに祥太郎を睨みながらライトノベルと軽く揺らす。
まるで自分が被害者かのような素振りと、罪悪感を相手に押し付けるような言動。
明らかに祥太郎の方が被害者なのに、心理的立場を下にさせようとする常套手段である。
その様子を眺めながら、いじめ仲間の他の生徒も笑って楽しんでいる。それどころかクラスの大半が同じ反応。
「じゃあいーわ。たかが本一つじゃん。返せばいいんだろ。ほら」
「あっ」
そう言って男子生徒は、本を反対方向へと投げ捨てるのだった。
祥太郎が投げられた本を目で追うと、床に落ちて滑り転がっていく。
そして、本は一人の生徒の足にぶつかって止まった。
「……」
目の前に落ちてきた本に足を止め、それを無言で見下ろす男子生徒。
髪は後ろ首まで伸び、前髪も目元まで届きそう。所々にくせ毛が目立つ、焦げ茶の髪色。
機嫌が悪そうに眉に薄く皺を作り、表情は変えずに不愛想。
「ご、ごめん」
祥太郎が駆け寄って本を拾う際、謝りながら男子生徒を見上げると。
焦げ茶色の長い前髪から覗く視線。それが妙に冷めていて鋭く、寒気が背中を通った。その得体の知れぬ怖さに、祥太郎は思わず謝ってしまう。
すると焦げ茶色の髪の男子生徒は小さく舌打ちして。
「お前が謝んのかよ」
不機嫌そうだった男子生徒は、明確に不機嫌になって。
視線を笑っている生徒達を見回し、いじめ主犯格を一瞥してから。何も喋らずに教室から出て行った。
周りから聴こえていた嘲笑う声は消え、一転して冷え切った雰囲気になった教室。
「なんだよ、アイツ」
「せっかく笑えてたのに気分悪いんだけどぉ」
祥太郎をいじめてた男子生徒は苛立たしさを覚え、教室のドアの方を睨む。
その隣へと一人の女子生徒がやってきて、同じく不快そうな顔をしていた。
「あー……アイツと一年の時に同じクラスだったけど、ずっとあんなでさ。誰ともまともに話せねぇんだよ」
「なんか感じ悪ぅ。っていうか空気読めなさ過ぎでしょ」
「にしても睨んできやがって……なぁんか腹立つよなぁ」
「ねぇねぇ? だったらさぁ、アイツでも遊ばない?」
ここで言う『遊ぶ』というのは、仲良しこよしでお手々繋ぎましょう。なんて意味ではない。
要はいじめの対象を増やす、という事だ。
「じゃーさじゃーさ! ボサ子も一緒に合わせて遊んじゃおうよ!」
「ボサ子ぉ? あー、あの地味で冴えねぇ女か」
「そーそー! あいつ、こないだ夜中にフジコの家に行った時さぁ、めっちゃノリ悪くてテンション爆下げしやがってさぁ!」
「そうだなぁ……んじゃあ、あいつ等を使って遊ぶかぁ」
新しい標的を楽しそうに決める二人の生徒を横目に、自分の席に戻る祥太郎。
何も言えず、何も抵抗出来ず。ただただ情けなさを痛感しながらも、聞いている事しかしない自分に。
無意識に手に力が入り、本の表紙に僅かに皺が入る。
『お前が謝んのかよ』
さっきの男子生徒に言われた言葉。それを思い出して、さらに自分が情けなくなっていく。
下唇を噛みながら、自分の席に着いて俯く祥太郎。
そして、これが祥太郎と供助が初めて会話した時であった。




