鎌鼬 ‐カマイタチ‐ 肆
「いだだだ……」
供助は上半身を起こし、ぶつけた鼻を押さえる。
幸い、鼻血は出ていなかった。これで出ていたら完全に間抜け面である。
供助の足元を見てみると、そこには壊れた長机が転がっていた。どうやらこれに足を引っ掛けたらしい。
もしこの場に猫又が居たら、馬鹿にされた上に大笑いされていただろう。
「……あいつが居なくて助かった」
供助は呟き、猫又に笑われる姿を想像するのは容易い。
と、安堵していると。
「って、うぉ!」
鎌鼬が前足の鎌を振る姿が見え、横に飛んで避ける。
意識が鎌鼬から離れていたところを狙われた。
だが、負傷している鎌鼬の動きは先程よりも明らかに遅くなっていた。
「まだ動けやがったか」
供助は体勢を整えて立ち上がる。
すると、また足に何かがぶつかった。
今度は足が三本になった椅子。
「……あーもう、ウザってぇなぁ!」
あちらこちらに散らばり転がるゴミや瓦礫片。
供助は苛立ちから声を上げて頭を掻く。
「おら、こっちだカマ野郎!」
いちいち足場を気にして戦うのも面倒臭い。かと言って、足場を気にせず無視してまた転ぶのも避けたい。
そして、少ない脳みそで出した答えは。
ガラスが割れた窓から外に出る事だった。
外は元工場の敷地。地面は更地で足場を気にする必要は無い。
「ここなら何も気にしなくていい」
工場内よりも月明かりが明るく、埃っぽくもない。
右手を左手に打ち込み、供助は気合を入れる。
「どうだ、そっちも片付いたかの?」
ストン、と。どこからきたのか、猫又が飛んできた。
「どっから降ってきたんだ、お前ぇは」
「三階の窓からだの」
供助が呆れながら聞くと、隣に落っこちてきた猫又は顎で十メートル上を差す。
元は猫だから身軽さもあるだろうし、妖怪ならばこの程度は朝飯前である。
「そっちは終わったのか?」
「うむ。この通りだの」
すると猫又は、手に持っていたモノを供助に見せる。
それは、首から上が無くなった鎌鼬。片腕も無いところを見ると、猫又が追った鎌鼬であろう。
鎌鼬の死骸からは白く煙のようなモノが上がり、少しずつ体が消えていく。
「供助の方はどうだの?」
「今片付けるところだ」
視線の先には。供助を追って外に出て来たもう一匹の鎌鼬。
窓の縁の上に立ち、こちらを威嚇しながら様子を見ていた。
しかし、なにか様子がおかしい。供助と猫又を見て怯え、焦った様子。
いや、正しくは猫又が手に持つモノを見て、である。
そして、鎌鼬は情けない鳴き声を出して。
「ギ、キキ……キィッ!」
逃げた。一目散に、全速力で。工場の外壁を駆け登るように空を飛び。
味方の亡骸を目の前にし、自分の未来の姿を連想したのだろう。
恐怖が全身を襲い、必死の逃亡。
「あ、逃げやがった」
「逃げたのぅ」
二人は特に焦る様子も見せず、呑気な口調。
必死に逃げる鎌鼬の後ろ姿を見上げていく。
「しかも、鎌鼬って飛べんのかよ。俺が知った情報じゃ飛んでなかったってぇのに」
「どこからの情報かの?」
「漫画」
「……あてにならんの」
払い屋なのに妖怪の情報源が漫画というのはどうしたものか。
猫又は呆れ、半目にして脱力する。




