残痕 -カクニン- 弐
『え、そんなに? 俺が予想してたのよりヤバい感じ?』
「そうですねぇ。実物を見れる訳じゃあないので、はっきりと判別は出来ませんが……特高より一つ、または二つ下くらいはありそうです」
『うーわ、マジかー。供助君達、旅行先でそんなのと戦ったの。無茶し過ぎでしょ』
「敵の状況や状態によって脅威の度合いは変化しますから。何かしらの勝てる要因はあったんでしょう」
『その辺は後で南ちゃんに聞く予定だから』
「後で? さっさと聞いたらいいでしょう」
『彼女も疲れてるだろうし、何より休ませるのが目的の旅行だったからねぇ。ただでさえ、旅行先で急な依頼も入れちゃったし』
「まーた追加で依頼を引き受けたんですか……横田さんの管理の甘さと、上司としての不甲斐なさと、尻拭いの申し訳なさで、あまり強く聞き出せない訳ですか」
『そういうの、思っても言わないでくれない? 地味にへこむから』
図星を突かれた横田の声が、通話先で弱々しくなっていく。
ここ最近、異様に怪異関係の事件や事故が非常に増加していた。仕事が多いのは悪い事ではないのだが、多過ぎるのは頭を悩ませる。
協会としては懐が潤って喜ばしいかもしれないが、怪異によって苦しむ人が増えるという事なのだから。
「話によると、祓った妖は二体でしたっけ?」
『そ。一つは穢れた神もどき、もう一つが堕ちた天狗』
「偽神と天狗……本来ならどちらも上級の妖ですね」
『両方とも本来の妖怪から零落した亜種だからね。供助君達が祓えた理由の一つがそれだろう』
「しかし、祓った妖から『レンモンサワ』って言葉が出たんでしょう? このタイミング……どう思います?」
『さぁね、さすがに俺にもまだ分からんよ。でも、この先でさらに偶然が重なり過ぎたなら……怪しんじゃうでしょ、やっぱ』
「俺達が今、準備をしている大がかりな計画……その重要地点と思われている『錬門澤』。その言葉が妖怪の口から出てくると……」
『あんまり良い予感はしないね。まぁ、前向きに考えるなら『錬門澤という存在を知らせ周る妖怪が居る』って言うヒントを得たとも言える。その辺りも警戒しつつ、調査しなきゃいけない』
「こちらの計画に感付かれて誘導されている、とは考えにくいですが……そっちの方は横田さんに任せます」
『色々調べてくれてるのは部下で、俺は得た情報を整理してるだけだけどね』
自分は殆ど動いていないと謙遜する横田だが、得た情報から推察して解決へと結び付かせる、その頭の切れの良さ。
頭の回転力の速さと、思考の柔軟さ。もともとは現場職だった彼が、今はこうして中間管理職でデスクワークメインに回された理由でもある。
『それじゃ、引き続き調査を頼むよ。佐伊藤君』
「了解です。とりあえず何かしらの残骸があったら回収もしときます」
『よろしくー』
横田が通話を切る直前に呼んだ、佐伊藤という名。
それがこの、ロングコートを着てサングラスを掛けた男の名前であった。
「そうか。穢れた神もどきと、落ちぶれた天狗を祓える程に成長したか」
額の高さまで上げていたサングラスを元の位置に戻して、佐伊藤は感慨を深げに空を見上げた。
ただでさえ暗かった視界が、さらに暗くなるも。サングラス越しでも月はぽっかりと光り浮かぶ。
「供助君と南……次に会う時が楽しみだ」
口元を嬉しそうに吊り上げて、ロングコートの襟を正す佐伊藤を。
鈍く光りながら、緩やかに、深々と。
ここでもまた、欠けた月が見下ろすのだった。




