車内 -キョカ- 参
「ちなみにその設定とやら、おばさんにはなんて話してるんだ?」
「根駒田という名前の女子大生で、今は訳あって大学は休学中という……」
「俺との関係は?」
「高校生の供助が一人暮らしで心配だから、遠い親戚の私がしばらく面倒を見に来たとかそんな感じだの」
「まぁ納得できそうな設定か」
猫又は鷲掴みしてくる手を、話しながら猫の手でタップしてくるが供助は無視。
和歌の母に話したという設定の内容は、まぁ妥当なものだった。
簡易なものでありながら筋も通っていて、特に矛盾も無い。これなら頭が良くない供助でも話を合わせやすい。
和歌の母に知られたという事は、井戸端会議で近所のおばさん達にも猫又の事を知られたと考えるべきだろう。
現状を受け入れて……というか諦めて。とりあえず供助は、その設定を通して行く事にした。
「お前が分担の家事、明日から増やすからな」
「うえぇ!?」
「もう近所の目を気にしないでいいってんなら、昼間に庭で洗濯物や布団だって干せんだろ。掃除機掛けて音を立てても良くなったしな」
「猫使いが荒くないかの!?」
「つーか、そうなるのが嫌で俺に黙ってただろ?」
「ぎくり」
なんと分かりやすい反応か。そもそも『ぎくり』なんて擬音を口で言う奴が居るとは。
もう呆れと諦めと疲れで。供助は和歌の膝上へと、猫又を荒っぽく投げ返した。
「わっ、ちょっ! 猫又さん、大丈夫ですか?」
「あたたた……私がもち肌じゃなかったら即死だったの」
「あ、大丈夫そうですね」
和歌の膝の上で体を起こしながら、軽口を叩く猫又。
前足で頬を摩っているが、人型になったら赤い跡が付いていそうだ。
「他の近所の人にもお前の事は知られてるだろうから、もし外で会った時は挨拶くらいはしとけよ。態度が悪いと後から面倒臭くなっからな」
「その辺は大丈夫だの」
「あ?」
「もう粗方、近所の人とは顔見知りになっちゃった」
猫又、二度目のてへぺろ。
「…………」
「まままま、供助君、落ち着いて」
ムカつきと苛立ちと腹立たしさと。全部似たような感情だが。
とにかく怒りのあまり無言で拳を握る供助を、和歌が苦笑いしながら宥める。
「取り込み中スンマセンけど、家に着いたッスよ。古々乃木先輩」
南が言うと同時に車が停まり、窓の外には見覚えのある一軒家があった。
長く濃く、苦しくも楽しかった旅の終わり。家に着いたという安堵と、終わる事への寂しさと。
ちょっと名残惜しさも感じながら、供助と和歌は後部座席のドアを開くのだった。




