車内 -キョカ- 弐
「猫又」
「……なんだの?」
「何か隠して……おい、こっち見ろ」
「いやー、流れる夜景が綺麗なもんで」
「今は赤信号で停まってんだけどな」
「街中から見る星空と言うのも……」
「空ぁ曇ってんぞ」
挙動不審どころか、言動不審。もう明らかに何か誤魔化そうとしている。
供助の睨み付ける視線を背後に感じつつも、意地でも窓から視線を離さない猫又。
「いや、ちょっと待て。和歌、なんでおばさんが猫又の事を知ってんだ?」
「え? なんでって言われても……」
この供助の問いに、猫又の背中がビックゥゥ! と跳ねた。
当然その様子に供助は気付いていたが、あえて触れずに和歌の返答を待つ。
「俺の家に猫又が住んでるってのぁ、近所に知られないように隠してた筈なんだけどよ」
「そうだったの? でも、私のお母さんは結構前から知ってたよ?」
「結構ってのはどれくらい前だ?」
「えっと……確か文化祭よりは前だったよ」
会話の間も猫又の背中に刺さる供助の視線。
人の姿だったら、今頃は背中に冷や汗ダラダラだったろう。
しかし、既に死のカウントダウンは始まっている。
「文化祭より前……そういやお前、不巫怨口女の一件の後、猫又が俺の家に帰る所を見ても何も言わなかったよな」
「うん。お母さんから話は聞いてたから、あの時は『あ、この人がそうなんだ』って」
「その頃におばさんから聞いてた話、他に何かねぇか?」
「他に? って言われても……庭先でたまに話してて仲良くなったとか、たまに料理の味見をしてもらってるとか」
「ほーう、なるほどなぁ」
供助の目はどんどんと座っていき、和歌の膝の上からは小さな震えを感じる。
そして、カウント0。
「お前よぉ」
「ヒエッ……!?」
供助は猫又の後ろ首を掴み持って、強制的に正面を向かせる。
「一応理由は聞いといてやる」
「さすがに毎日家に籠りっぱなしてのは暇……辛くてのぅ」
「そうか」
「天気が良い日はやっぱり散歩とかに行きたくなるではないか。ほら、猫だし」
「そうだな」
「たまに出歩いてたらある日、玄関を出たところでばったり和歌の母と会ってしまっての」
「それで?」
「その時は咄嗟に適当な設定を作り、話を合わせて誤魔化したのだが……」
「だが、なんだ?」
「そしたらなんか仲良くなっちゃった。テヘッ」
供助に正面を向かされても尚、視線だけは合わせないで話していく猫又。
そして終いには、舌を出して可愛さで誤魔化そうとする。愚策の極み。
「……」
「あだだだだだに˝ゃに˝ゃに˝ゃっ!?」
あまりの怒りからか、はたまた呆れからか。いや、両方か。
供助は無言のまま猫又の両頬を鷲掴み、さっきの可愛く作ってたテヘペロはとこへ。
猫又の顔は両脇から押し潰され、あっという間に不細工になっていく。
「ね、猫虐待だの! なんとか愛護なんちゃらに喧嘩売るつもりかの!?」
「猫以前に、お前は妖怪だろが」
「騒ぐ奴らは中身云々より、見た目や絵面の外側しか見ておらんでの」
「お前の方が喧嘩売ってんじゃねぇか」
「ぐむぉむぉむぉ……」
確かに傍からは人が猫の顔を握り潰そうとしているようにしか見えない。
安心してください、妖怪ですよ。