第百七話 車内 -キョカ- 壱
◇ ◇ ◇
「太一にゃ悪ぃことしちまったな」
師範の消臭剤の香りが微かに香る車内。
赤信号で車を停めている間、誰に向けたでも無く、運転手である南が一人ごちる。
とある事情で、南は太一に対して多少の罪悪感を感じていた。
「車の変更が出来なかったんですから、しょうがないですよ」
「まーそうなんだけどよ。帰りの事までは頭に無かったからなぁ」
信号が青に変わったのを確認してアクセルを軽く踏み、南は助手席に座る祥太郎に返す。
旅行に行ったメンバーの人数は全員で六人。レンタカーで借りれた車は軽自動車で、乗れる人数は四人まで。
そうなると当然、溢れて乗れない人が出てくる訳で。南が二回に分けて車に乗せて全員を送ろうとしていた時に、太一が自分は徒歩で帰ると名乗り出たのだった。
「それに太一君の家、駅前から近いから。そんなに気にしなくて大丈夫ですよ、南さん」
「なら良いんだけどよ。あ、あの信号を右だっけ?」
「あの信号の次を右ですね」
「りょーかい」
人数が多い事に気を利かせたのもあるが、太一の家が駅から近いのも本当。
南に何度も行ったり来たりさせるのも悪い。だったら一人くらい歩いて帰った方が結果的に早いし面倒じゃないと、太一の気遣いであった。
運転手の南、供助、猫又、和歌、祥太郎。計五人。あれ、一人多くない? となるのが普通であるが。
「しかし、後部座席の余裕をみるに、乗ろうと思えばあと一人くらい乗れそうだけどのぅ」
「そりゃ乗ろうと思えば乗れっけど、警察に捕まって罰金なんて御免だかんな」
「その罰金とは、一体おいくらなんだの?」
「乗員オーバーってなんぼだっけ? 確か……五、六千円くらいだっけかな」
「五、六千円!? バカ高ぇ! 余裕でビール一箱買えるではないか!?」
違反による罰金の高さに驚く猫又は、いつもの人間の姿ではなく、本来の黒猫の姿。
後部座席に座る和歌の膝の上に、ちょこんと座っている。
こうすれば人間は四人と、猫一匹。問題無く軽自動車に全員乗れるって寸法よ。
「あ、ちょ……! 猫又さん、あまり動かないでください! あまり揺らすと生菓子系のお土産が……」
「おっと、こりゃすまん」
後部座席に座る和歌と供助の間に、トランクに詰めなかったお土産を置き、あまり揺れないように和歌が片手で支えていた。
生菓子系のお土産は形が崩れやすく心配で、和歌が念の為にと前に持ってきたのだ。
ちなみに和歌の母親が日本酒が好きなので、お土産の一つに地酒も買ってきてある。割れ物でもあるので、あまり揺らしたくない。
「ところでよ、和歌」
「なんです? 南さん」
「今更だけど、よく旅行に行くのを親御さんが許可したな。成人した奴がいるったって、見ず知らずの人なのによ」
「実は最初は親に難しい顔をされて、私も許しが出るとは思ってんかったんですよね……」
運転をしながらちらりと、南はバックミラー越しに後部座席の和歌を見る。
知っている大人は居なく、さらには異性の同級生も一緒。普通はそう簡単に許可はでないだろう。
「でも、親も昔から知ってる供助君が一緒なのと、大人が二人居るって言ったら悩んでくれて」
「成人した人がいるかどうかで結構違うからなぁ。だとしても、初対面のあたしでよくOKだったな」
「猫又さんも一緒だっていったら、お母さんが許してくれました」
この和歌と南の会話。明らかに不全な部分がある。お分かりいただけただろうか?
和歌の膝の上で寛いでいた猫又が、急にビクッと背中を伸ばし不自然に視線を流して窓の方へと向けた。
勘の良い供助はそれを見逃さず。どこがおかしいのか明確な部分は判明していないが、猫又の素振りで何かを感じ取った。