旅行 -カエリミチ- 伍
◇ ◇ ◇
駅前から少しだけ外れた小道。小道と言っても舗装はされており、車も通れる幅はある。
人通りも無く、発行が弱まってきている街灯が道路の一部を薄っすら照らす、その下には。
数人の人影があった。
「んで、だぁれがチョーシに乗ってンだっけ……?」
駅前から一本外れただけの道路なのに、酔っ払いや車の喧騒が妙に小さく聴こえる。
遠くの喧騒と、裏道の静けさを背中にして。凄みを利かせて問うは、南。
上から照らしてくる街灯の光によって作られた、前髪の影の間から覗いてくる刃物の如き三白眼。
「もう一度聞くぞ。誰が、チョーシに、乗っ、てン、だ?」
言いながら一歩進み、その場で屈む南の目の前には。
冷たく硬いアスファルトの上で正座をさせられている男の影。
男の背中は小さく震え、恐怖のあまり顔を俯かせて。南の顔を直視できずに黙ったまま。
数分前、南が後輩から聞かされたお礼参りの話。それに出てきた標的となった男。
「なぁオイ?」
――ではなく。
「いや、その! それは、あの……」
「俺達は、別に姐さんの……」
地面に正座させられているのは、南の後輩二人。
南は屈んだ状態で二人を睨みつける。それはもう様になった、貫禄のある見事なウ〇コ座り。
眉間には濃い皺を作って、目尻には血管が浮かび、口元からは犬歯がチラリ。
煙草が吸えない苛立ちも相まってか、南の形相は鬼のよう。
「この人は! あたしの! 先輩だっつーのッッ! 覚えておけ、この馬鹿ッッ!」
「スンマセンスンマセン!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
後輩二人は物凄い速さで頭を下げる。あまりの凄みと恐怖に、ただただ平謝り。
正座の体勢からの土下座。さらに進化したら次は土下寝だろうか?
「ほんっっっっとにスンマセン、古々乃木先輩。あたしの後輩共が迷惑を掛けたみたいで……」
「南から電話でこんな所に呼び出されたと思ったら、なんだよこの面倒臭ぇ状況は」
供助は心底怠そうに、大きな溜息。
なんで旅行の最後の最後にもうひと騒ぎ起きるのか。もうイベントは十分だというのに。
「あ、あのぅ……南さん、なんで私まで呼ばれてるんでしょうか?」
そして、供助の隣にもう一人。
一緒に呼び出された和歌が、今の状況に困惑していた。
「さっき詳しく話を聞いてみたらよ。このバカと! アホに!」
「いだっ!」
「あだっ!」
「文化祭で迷惑掛けられたんだって?」
南は話しながら後輩の頭を叩く。
有無を言わさず、一方的な強者による暴力……ではあるが、後輩がやった事を鑑みれば仕方がない。
どちらかと言うと先輩としての躾であった。
「迷惑って言うか、その……まぁ、はい、そうですね」
「しかもコイツ、文化祭より以前にその二人に絡まれてたしな」
「そ、それも言っちゃうとまた南さんが……」
「ついでだ、言っとけ」
供助は親指で隣の和歌を差して、過去にあった行いをさらにバラす。
そう、この二人。前に夜の街で和歌に絡んできた二人なのでもあったのだ。
「一昨日に海でも和歌がナンパされかけてただろ? そん時に話してた前に絡んできたってのが、こいつ等」
「あー、そういや言ってたッスね。よく絡まれるー、みたいな。それがコイツ等――――あ˝ぁ˝!?」
再度、後輩達に向けられる憤怒の眼差し。
ドスが利きまくった南の声に、後輩はもう怯えるしかない。
「お前等……あたしの知り合いにどんだけ迷惑を掛けてんだ?」
「ひっ!」
「ヒエッ!」
土下座をしていて南の顔は見えない。が、その分、声による圧と恐怖が増幅される。
後輩二人の額から滝のような脂汗。信じられないくらいに五月蠅い鼓動。
オイオイオイ、死んだわ俺。二人はそう思った。




