旅行 -カエリミチ- 参
「あん? あ、ちょっとアンタ!」
「あぁ?」
通り過ぎざまに、後ろから声を掛けられた。言わずもがな、ガラの悪い男の一人からである。
知り合いを待てせているのと、思い出に浸っていた所を遮られたのと、何より面倒臭いと。
南は怠そうな声を出し、鋭い眼付きを意図的に一層鋭くさせて。ドス利いた声で返事する。
こうすれば大体の野郎は怖がって顔を引きつらせ、そそくさと去っていく。目付きの悪い南ばらではの撃退法である。
の、だが……。
「やっぱり、姐さんじゃないっすか! 俺ですよ、高校ン時に世話になった後輩の!」
「……あ。お前、タカハシか!?」
「そっす! おひさしぶりっす!」
南は鋭くさせていた目をさらに細くさせ、男の顔を凝視すると脳みその隅っこにあった記憶に引っ掛かった。
数年間に高校に通っていた時の、何人かいた取り巻きの後輩。そのうちの一人。
荒んでいた当時の知り合いと言うのもあって、この後輩は長髪を金色に染めて、喋るとちらりと見える舌ピアス。現在進行形でヤンチャしてるようである。
「じゃあそっちのもう一人は……ハンザワか?」
「ご無沙汰です! 姐さんもお元気そうで!」
「おー、寝て起きて飯食ってりゃ大体は元気ってな。まぁ今はちっと筋肉痛だけどよ」
もう一人の茶髪の男を見ると、そちらも見覚えのある顔。やはり高校時代の後輩だった。
声を掛けてきた相手が顔見知りだったと知るや、南の目付きが柔らかくなる。それでも他人から見たらまだ怖いが。
「いやぁ、ここで姐さんと会えたのも何かの縁っすよ。ぜひとも手ぇ貸して欲しいんす!」
「やだよ。手も金も貸さねぇ」
「そんな事言わずにお願いしますよぉ! 前に俺等にナメた事をしやがった奴を近くで見付けたんで、これからボコりに行こうってなってんすけど……」
「あたしはいっぱしの社会人になって働いてんだよ、ンな昔のノリで喧嘩なんかしねぇっての。そもそも女の手を借りようと思うな、情けねぇ」
「んな事を言われても、相手が結構やべぇ奴なんすよ! 今度こそぜってーにシメて分からせてぇんです! メンツ潰されたままじゃ怒りが収まんねぇっす!」
「い、や、だ。テメェのケツはテメェで拭いて綺麗に流せ、か弱くて筋肉痛の女に頼むんじゃねぇよ」
「何言ってんすか。気に食わない奴は誰彼構わずボコって泣かしてた、そんな姐さんがカヨワイって……あいでっ!?」
「殴ンぞ」
「もう殴ってるっすよ!」
記憶の奥底に仕舞っていた過去を他者に掘り起こされ、ヤンチャだった頃を思い出さされて恥ずかしくなった南。
それを楽しそうに話す金髪の後輩に拳骨一発。誰だって自分の恥ずかしい過去をペラペラ話されると気分の良いものではない。
黒歴史は封印しておくべきなのだ。掘り起こしてはならない。




