感謝 -ヒトリゴト- 肆
「じゃあ夜はバーベキューですね。お昼は海鮮を食べに行くから、一回ペンションに戻って食材を冷蔵庫に入れておかないと……」
「ん? 海鮮を食べたいのかい?」
和歌の言葉に反応し、にやりと笑みを浮かべるオーナー。
そして、発砲スチロールの箱の蓋をおもむろに開けると、その中には。
「海が見える町なんだ。海鮮物を外す訳がないだろう」
「わっ、こっちも沢山入ってる! こんなに頂いて本当に良いんですか?」
「いいのいいの。若い子達が喜んでくれたら、おじさんも嬉しいから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、美味しく頂かせてもらいます」
「そういう固っ苦しいのはいいよ。若いんだから、遠慮せずに腹いっぱい食いな」
そこにもまぁ立派な海の幸がたんまりと。
旬の秋刀魚に始まり、鰹、イカ、さらには貝類まで。
「オススメは岩牡蠣だね。生で良し、焼いて良し、蒸して良し。どう食っても美味い」
「のう、南」
「あぁ、猫又サン」
二人は互いの目を確認するように一瞥してから、視線を牡蠣に戻して頷きながら一言。
「これは日本酒だの」
「こりゃあ日本酒だな」
二人の瞳はそれはもうキラッキラに輝いて。
ビールも良い。ハイボールも悪くない。だがやはり、ここは日本酒で行くべきだ。二人はそう決心する。
そんな二人の言葉を聞き、またしてもオーナーは笑みを浮かばせる。
「そういうと思ってね……っと!」
「なんとっ!」
「おおっ!」
背後から出てきたのは一升瓶。白いラベルに達筆で書かれた漢字二文字。
酒飲みの猫又と南がこうなる事を予想して、オーナーは既に日本酒を用意していたのだった。
というか、一体どこから出てきたんだ、あの日本酒。
「い、いいのかの!? 食材だけでなく酒まで貰ろうて!?」
「構わないよ。その為に持ってきたんだからね、この辺りの地酒だ、味は保証するよ」
「美味い食材に美味い地酒! くぅぅぅ、こりゃ堪らんのぅ!」
「せっかくの旅行だからね、飲んで食べて楽しんでくれ。じゃ渡す物は渡したし、私は仕事に戻るよ」
重い荷物から解放された肩を、ぐるぐる回して軽くストレッチしながら。
オーナーは自分の車の方へと歩いて行く。
「あぁ、そうそう。これは独り言なんだけどね」
足を動かしてから二、三歩の所で。
オーナーは足を止め、背中越しに顎髭を摩りながら。
「行方不明になった子供の一人が、とある不動産屋のひ孫だったらしい」
僅かに顎を上げ、目線を空に向けて放たれた言葉。
誰に向けたものでも、誰かに聞いて欲しいでもなく。
「その人はとても喜んでいたそうだよ」
受け手の居ない会話を一人で話す、その背中は微かに震えていて。
溢れんばかりの感喜。ひ孫が無事だった事への安堵。
最後にそう言い残して、オーナーは自分の車へと去っていく後ろ姿には。
誰かに向けられた、深い感謝で包まれていた。




