雅楽 -マチボウケ- 肆
「そういやよ、一つ気になってる事があンだけど……あの子盛歌さ、あたしにゃあ聴こえなかったが、誰が歌ってたんだ? まさか天愚が歌ってたのかねぇ?」
「子供が攫われる際に聴こえてきたという、あの歌か。確かにあの天愚が歌っていたとしたら似合わな過ぎて笑えるのぅ」
「だよな? 歌ぁうたって子供の気を引くとか、あの爺のガラじゃねぇよ」
「だが、似合う似合わないの問題を除けば、あの歌はこの上ない効率的な手法ではあるの」
「そうなのか? 昔の生贄の風習を暗喩してるったって、ただの歌だろ?」
「あのような過去に実際に行われていた凶事が元になっているモノというのは、大なり小なりの影響力を持つ」
「腐っても元天狗。本来なら大した効果が無い歌でも、奴が歌えばある程度の力付与される、って事か」
「その通りだの。歌を聴かされた者は、歌の内容と同じ行動を取ったり状況を作ろうとする。まぁ一種の催眠だの」
「元は子供が生贄にされる歌……だから、歌の通りに子供達は無抵抗で簡単に連れ去る事が出来た。って訳だ」
「さらには対象が子供だからこそ、簡単に催眠に掛けれたと言えよう。狙われたのは歳二つほどの子供。無意識に霊感が働いておる時が多い年頃だからの、より歌が聴こえやすく催眠に掛かりやすかったのだろうの」
「なーる。条件が揃って役満だったってか。そんで、この土地に子盛歌なんて古伝があると知って、それを上手く利用したってのは……」
「奴の入れ知恵、だろうの」
猫又が微かに鋭くした視線の先に浮かぶは、金色の妖狐。
何が狙いで、何をさせたかったのか。奴の意図の不透明さに、胸中で焦燥と不穏が駆け巡る。
「横田には昨日の件の経緯は伝えたのか?」
「それが少し前に電話したんだけどよ、『骨休めする為に旅行してんだから、今は気にせず休みなさいよ』って言われたわ」
「なーにが気にせず休め、だの。昨日は朝っぱらから急な依頼を寄こしおった癖に」
「だがまぁ、奴の事だけは伝えといた。これに関しては早ぇに越した事はねぇからな」
「……反応はどうであった?」
「驚いてたぜ。まさかこんな所で手掛かりが出てくるとは思ってなかったってよ」
「それは私も同じだの。して、『レンモンサワ』については何か言っておったか?」
「ああ、横田さんには心当たりがあるってよ」
「本当か……!?」
金色の妖狐が天愚へ言った言葉――『レンモンサワに来い』。
何を目的とし、そこに何があるのか。猫又達には不明の言葉であったが、まさかの横田に心当たりがあると言う。
「ただ、調べるには少し時間が要るらしい。もしかしたら、ちょっと厄介な場所なのかもな」
「そう、か……いや、事を焦ってはいかんか。時間が要るという事は、それなりの理由があるのだろうからの」
「ま、あたし等に出来る事はねぇんだ。大人しく疲れを癒して、旅行を楽しめってこった。奴の事が気に掛かって難しいかもしれねぇけどよ」
「ん? そうでもないの。むしろ長年の掠りもせんかった手掛かりが見付り、気が軽くなった。急く気持ちが無い訳ではないが、それよりも喜びの方が大きいの」
「お祝いに気兼ねなく満喫しようってか?」
「お祝いも何も、元からこの旅行は満喫する気マンマンだしの。果報は寝て待て、ってヤツだの」
今自分に出来る事はなく、だからと言って焦っても意味は無い。
餅は餅屋。心当たりもあって情報網が広い横田に任せておいた方が、効率が良くて確率も高い。
いち早く情報を得て金色の妖狐を探しに行きたいのが本音だが、今の状況じゃ無駄足になるのは理解している。




