目覚 -アサメシマエ- 参
「何しに来たんだ?」
「ひっどいな、昨日言っただろ。九時頃ペンションに行くって」
「あー、言ってたような……ってか、まだ八時そこらだろ。早ぇじゃねぇか」
「昨夜の件があったからな。そりゃ少しは心配するだろ」
バルコニーへ上がる階段を昇り、悠一は苦笑いを浮かべる。
ケガレガミの一件は悠一と結花が巻き込んでしまったのだ。全員が無事で解決したとは言え、責任は感じている。
「ここにいるのは供助だけか?」
「他の連中はまだ寝てる。和歌は朝食作り中だ」
「そか。昨夜の件で疲れてるもんな」
「ま、それもあるだろうが……その後にもうひと悶着あったからな」
「ひと悶着? 何かあったのか?」
「ああ、どうやら俺がケガレガミの毒で死にかけたんだとよ」
「はぁ!? 死にかけた!? 供助が!?」
「そうらしい」
ひと悶着どころのレベルじゃないと悠一は声を荒くさせるも、当の本人である供助は他人事のよう。
手すりに頬杖を立てて、供助は鼻を鳴らして空を仰ぐ。
「俺は毒のせいで記憶がほとんどなくてよ。どうやって助かったかは知らねぇが、こうして生きてるって事は助かった訳だ」
「記憶が無いって事は、それだけ毒が進行していて危なかったって事だろ。そんな状態からよく助かったな」
「そこら辺も俺は知らねぇから、あとで猫又か南に聞くつもりだけどな。毒にかかって運が悪かったのか、助かって運が良かったのか……」
どちらにしろ災難だったのは変わらねぇか、と。供助はぶっきらに頭を掻く。
そしてまた、おもむろに鼻を鳴らして小さく息をしてから、悠一へと視線をやる。
「ま、太一達の事だ。責任を感じさせたくないからって、悠一と結花には黙っとこうとか言いそうだしな。五月蠅くなる前にお前に話した」
「……理由を聞いても?」
「お前らの性格的に、そういうの気ィ使って隠される方が尾を引くタイプだろ? そういう詰めの甘い部分も直せってこった」
「参ったな……せっかく神隠しの件を解決できたのに、助けてもらった上にダメ出しされるなんてな」
供助に図星を刺され、悠一は肩を竦ませる。
普段は怠惰的で周りに興味が無さそうなのに、妙に人の性格を読み当てる。
意外な面というか、その勘の良さに。悠一は軽く脱帽していた。
「けど、すまなかった……本当なら巻き込んでしまった原因の俺達が何とかすべきだったのに、供助がそんな事になっているのに気付きもしなかった」
「謝んなよ。そうそう神様が頭を下げるもんじゃねぇだろ、俺の軽い頭とは違ってよ」
「見習いだからな、まだ軽くて下げやすい頭なんだよ。だからか神様らしい重っくるしい言葉も思いつかない」
「ははっ、そりゃ俺と大差ねぇな。本当、神様ってぇのは変わった奴が多いな」
「なんだ、まるで知り合いに神様がいるみたいな口ぶりだな?」
悠一に言われて、供助は何かを思い出すように一度目を瞑ってから。
意味ありげな間と表情で。薄っすらとした笑みと共に。
「……さぁ、どうだったかな」
はぐらかすように、曖昧な答えで返すのだった。
「そろそろ飯が出来る頃か。コーヒーでも飲んでくか?」
「いや、みんな寝ているなら神社に戻るよ。元から時間を伝えるだけに来ただけだしな」
「時間?」
「正午丁度に行われる祭事を最後に、俺と結花はこの町を去る。それまでには神社に来て欲しい。皆には本当に助けられたから、ちゃんとお礼とお別れ言いたいからな」
「わかった。伝えとく」
「じゃ、病み上がりなんだから無理はするなよ」
そう言って、悠一は階段を下りてペンションを後にした。
薄くなっていくその後ろ姿を見送ってから、供助は部屋の中へと戻っていく。
室内にはウインナーが焼けた香ばしい匂いが漂い、空になった腹を刺激してくるのであった。