第百一話 目覚 -アサメシマエ- 壱
瞼を開くと、ぼやけた視界が広がっていた。
そのまま数十秒。ぼうっと眺めているうちに、視界のぼやけは段々と取り除かれていく。
吹き抜けの高い天井に吊るされた大きなファンが、くるくるとゆっくりと回っている。
ぼやけていた視界と共にぼやけていた思考も晴れ、回転するファンと同じく脳も回転を始めた。
「……だっる」
ソファから上半身を起こして出た第一声がこれだった。
体中が怠くて重い。痛みは無いが、筋肉を動かすのが億劫な感覚。だが不思議な事に、疲れや気怠さはあっても不快感は無い。
むしろどこか、すっきりとした気分がある。例えるなら、長時間プールで遊んだ後のような。
疲労感や倦怠感はあっても、嫌悪感や不愉快さは感じない。
そして、なんでこんなに体が怠いのか。うっすらと記憶が戻ってくる。
「確か俺ぁ、毒に……」
少し重く感じる腕を動かし、額に手を当てて思い出していく。
弱っていたのもあって断片的にしか覚えていないが、記憶に残っている“毒”というキーワードだけで大体は予想できる。
「供助君、起きてたの!?」
「おう、和歌。今起きた」
供助が起きた事に気付き、キッチンに居た和歌が驚きの混ざった声をあげた。
栗色の大きなポニーテールを揺らしながら、慌ててソファへと駆け寄ってくる。
「大丈夫!? どこか痛かったり具合悪くない!?」
「どこも痛く無ぇし具合も悪くねぇ。大丈夫だ」
「本当!? 無理してない!?」
「本当だって。少し体が怠いだけだ」
食い気味に聞いてくる和歌に戸惑いながらも、供助は特に問題ないと小さく笑って見せた。
その勢いに、和歌が掛けているフチなし眼鏡が少しズレるも、本人は気付く素振りすらない。
「なんとなくは覚えてんだけど、俺は毒にやられてた……んだよな?」
「ケガレガミが毒を持っていたらしくて、それが供助君の傷から入っちゃって! それで供助君が死んじゃうかもって! 解毒方法が無くって、もうダメかもってなって、それで……!」
「ちょっと落ち着けって。にしても俺、死にかけてたのか。マジか……」
「そうだよ! みんな心配して、猫又さんと南さんが必死に解毒方法を見付けてくれて! 私、本当に怖かったんだから……!」
供助は毒を喰らって苦しんでいた記憶はあるが、死にかけていたとまでは知らなかった。
当然だ、意識が朦朧として記憶の混濁までしていたのだ。その時の自分の状態など覚えていないのが普通である。
そして、説明しながらその時の事を思い出して涙目になる和歌を見て。供助は本当に心配と迷惑を掛けたんだと理解した。
「悪ぃな、心配させちまった」
「ううん。こうしてまた話せて、本当に良かった」
和歌はフチなし眼鏡を外し、人差し指で目じりに溜まっていた涙を拭う。
解毒が成功したのは解っていても、供助は死ぬ寸前にまで危険が及んでいたのだ。もしかしたらこのまま供助が目を開かないかもという不安が、和歌の胸でずっと巡り回っていた。
でも、こうして供助は意識を取り戻し、いつもの口調で会話がしている。今やっと、和歌は心の底から安心できたのだろう。




