査定 ‐サテイ‐ 参
「んじゃ、早速稼ぎますか」
「うむ! 華やかな食事の為にのぅ!」
供助は首の関節を鳴らし、猫又は腕を組んで。
二人は廃墟と化した工場の中へと入って行く。
中は当然、明かりなど一切無い。殆どが闇の黒い色に塗りたくられている。
懐中電灯なども持たず、割れた窓の外から射し込んでくる僅かな月明かりを頼りに足を進ませていく。
かつて使っていたであろう机や椅子が転がり、所々にはスプレーで書かれた落書き。
壁にはヒビが入っている部分も目立ち、埃臭さが鼻を突く。
「どうだ、猫又。何処に居るか解るか?」
「外より匂いは強うなっておるんだがの、埃で鼻がムズムズするのぅ」
右手で鼻をぐしぐしと擦り、猫又は答える。
「だが、解った事がある。ここに居る妖怪の匂い……複数居るのぅ」
「なに? 本当かそりゃ?」
「うむ。似た匂いがする……恐らく、同種類だの」
「一匹だけじゃねぇのか、面倒臭ぇな」
「横田から何か聞いておらんのかの?」
「いんや、なーんも。今回の依頼内容は妖怪の確認と、可能ならそいつを祓う事だ。ここに住み着いている妖怪の情報は殆んど無ぇよ」
「そうか。では手元にある情報は切り傷を与えてくる、という点のみかの。なんの妖怪か解らぬ以上、警戒はした方がいいのぅ」
「心配し過ぎだ。適当でなんとかなる」
「供助は危機感が無さ過ぎだの」
真夜中の廃墟内を、二人は怖がりも怯えもせず歩き進んでいく。
肝試しでよく使われそうな場だが、払い屋と妖怪の二人には怖がる要素が無い。
「……おい、これ見ろ」
「なんだの?」
不意に足を止め、供助が壁の一部を親指で差す。
差された場所を、猫又は横から覗き込む。
「老朽化による傷……にしては不自然過ぎるの」
「あぁ、ここに居る妖怪の仕業だろうな。事前情報で聞いたのと同じだ」
供助が気に止めた理由は、壁に付けられていた傷。
ヒビやへこんだ傷ではなく、横長に抉れた不自然で不可解なもの。
他に血痕までもが生々しく残っていた。恐らく、ここで傷を負ったという取り壊し業者のものだろう。
「まるで、刀か何かで切りつけたような傷だの」
「刀、ねぇ……今回のターゲットは落ち武者の霊ってか」
供助は皮肉めいた冗談を言い、ハッと鼻で笑う。
物心付く前から霊感を持っていて沢山の幽霊や妖怪を見てきたが、今までに落ち武者の霊は見た事がない。
よく定番な幽霊としてあげられる事があるが、実際はそうでもなかった。
「広い所に出たな」
通路に沿ってもう少し歩みを進めると、広い部屋に出た。
地面にはゴミに混ざって『中央ホール』と書かれた札が転がっていた。
「どうするかの、供助? ここは部屋が沢山ある。手分けして妖怪を探すかの?」
「いや、面倒だ。ここで迎え討つ」
「向こうから姿を現すのを待つのか? 随分と悠長だの」
「あっちから出てくるように仕向けりゃいい」
供助はおもむろに、ポケットから商売道具を取り出す。
霊印が描かれた軍手。それを両手に付け、馴染むよう一、二度手を握り締める。




