第九十八話 解毒 -ヒトリミ- 壱
『解毒が出来る部下を手配は出来た。だが、一番近くに居た部下だったが今から最低三時間は掛かる』
「三時間!? ちょっと掛かり過ぎじゃないですかね!?」
『深夜で交通の便が無い上に、南ちゃん達が居る街は大きな市街地から離れた場所だ。どうしても時間が掛かってしまう』
「そんなんじゃあ古々乃木先輩が助からねぇこもしんねぇだろ!? なんとかなんないですか!?」
『なんとかするよ。供助君は大切な部下の忘れ形見だからね』
口調はいつも通り、あまり抑揚の無い話し方の横田。
それでも、その奥には揺るがない感情がしっかり含まれていた。
『だから、供助君の症状を詳しく教えてくれ。こちらにある資料と照らし合わせて、対処法を調べる。もしかしたら君達で解毒が可能かもしれない』
「成る程。解毒する者が居なくても、解毒する方法が分かればいい訳だの」
『払い屋ってのは祓うだけの仕事じゃない。今まで積み重ねてきた経験と知識を活用しなきゃね』
払い屋の組織は全国に有する。それ程の規模を持っている。
各地方に伝わる文献や、今までの依頼で関わった霊や妖のデータ。それを使わない手はない。
「供助の症状だが、噛まれて毒を入れられた傷が紫色に変色し、少しずつ広がっておる。腫れは無いの」
『傷口が変色、紫色……腫れは無し、と。他には?』
「呼吸が荒く、記憶の混濁が見られた。発熱もしていて、熱は……」
猫又が電話しながら祥太郎を見ると、意図を察した祥太郎は測り終えた体温計を渡してきた。
表示された数値を見て、僅かに眉をしかめる猫又。
「三十九度を超えておる」
風邪やインフルエンザにも似た症状。
しかし、原因が毒となるとさらなる悪化が予想される。
解毒とまでは行かずとも、何か症状を緩和させられる方法が欲しい。
『それだけだと該当する毒が多い……絞り込むにはまだ情報が欲しい。毒を持った妖怪の特徴は?』
「基本の形は人型だが、影に似て水のような体質であった。体を色々な物に変えて攻撃してくる特質を持っておった。その一つの蛇に似た触手に、供助が噛まれた」
『名前は分かるかな?』
「ケガレガミと呼ばれておった。昔、村の飢饉を救って貰おうと妖を祀ったという類の、よくあるヤツだの」
『ケガレガミ、か。恐らく真名ではなく俗称だろうね。名前から導き出すのは難しいか……』
少ない情報から毒の成分を探し出すのは至難の業。
スピーカー越しに横田がキーボードを打ち込む音が聞こえてくる。
その時、南がある事を思い出す。
「そうだ、天愚! アイツも毒を使ってやがった!」
『なに、南ちゃん。天愚と戦ったの? 依頼でもないのに?』
「その辺の事情は後で話すんで! で、その毒を塗ってあった武器がありゃあ解るんじゃねぇか!?」
『あるの? その武器とやら』
「いや、ここには無ぇですけど……今から探してくれば!」
南が対峙した天愚。奴も武具に毒を塗っていたのだ。
毒の実物があれば、それを元に成分の解明を出来る。
「やめておけ、南。恐らく、ほとんど意味が無いの」
「猫又サン、なんでだよ!?」
「探してくると言っても、場所が場所だ。暗くて目が利きにくい状況で、加えて森の中。見つけ出すのに時間が掛かる」
「どんだけ時間を掛けても見付けてやるってんだよ! 古々乃木先輩の命が掛かってんだ!」
「阿呆、落ち着け。その供助に時間が無いのだ」
「ッ!」
「仮に武器を見付けて来たとしても、それを解析出来る者がおらん」
「それは横田さんが手配した払い屋に……」
「それまで供助が保つか解らぬ、三時間後まで待った上でかの?」
「んぐ……!」
本末転倒な事を言っていたのを指摘され、南は口を閉じるしかできない。
猫又が言う通り、実物があっても解析して解毒方法が解らなければ意味が無いのだ。




